今回は"頭蓋にまつわる血腫・出血"を取り上げていきたいと思います。
有名なところで言えば"くも膜下出血"や"硬膜下血腫"です。
脳が身体の中でも重要な臓器のひとつであることはもはや言うまでもありませんよね。
その脳を守るのが"頭蓋骨"です。
脳を守るためには当然防御力が高くないといけません。
従って、頭蓋は固い骨で形成されています。(ちなみに頭蓋を形成する骨は"15種23個"です。)
しかし、そのように堅い骨で形成されているが故、ひとたびその閉鎖空間である頭蓋内に出血が起きてしまうと、中の柔らかい脳が血腫によって圧排されてしまい、最悪死に至ってしまいます。
今回はのそのような『頭蓋に関連した出血・血腫の種類』についてみていきたいと思います。
ひとまず列挙します。
【頭蓋外血腫】
・皮下血腫
・帽状腱膜下血腫
・骨膜下血腫
【頭蓋内血腫(出血)】
・硬膜外血腫
・硬膜下血腫
・くも膜下出血
・脳内血腫
【脳ヘルニア】
・帯状回ヘルニア(大脳鎌下ヘルニア)
・テント切痕ヘルニア:鉤回ヘルニア・海馬回ヘルニア
・正中ヘルニア
・小脳扁桃ヘルニア(大後頭孔ヘルニア)
・蝶形骨縁ヘルニア
【その他】
カーノハン圧痕[Kernohan notch]
デュレ出血[Duret hemorrhage]
言葉の羅列ではわかりにくいので、画像と併せてみていきましょう。
【頭蓋外血腫】
頭蓋の"外"に出来る血腫です。
頭は外側から、
皮膚→帽状腱膜→骨膜→頭蓋骨
と層を成しています。
医学ではそれぞれの血腫が出来た部位によって区別して呼んでいます。
『皮下血腫』:皮下(と帽状腱膜の間)の血腫。
『帽状腱膜下血腫』:帽状腱膜(と骨膜の間)の血腫。
『骨膜下血腫』:骨膜(と頭蓋骨の間)の血腫。頭蓋骨骨折を伴うことが多い。
骨膜と頭蓋骨は密着していますので、"骨膜下血腫"は頭蓋骨骨折を伴っていることが殆どな印象が私はあります。
その他2つは、骨折が無く、単独で起こることもしばしばありますかね。
【頭蓋内血腫(出血)】
脳は取り囲まれる形で固い頭蓋骨に守ってもらっています。
しかし、それが故にひとたび頭蓋内に出血が起こってしまうと、柔らかな脳は圧排され、骨などに押し付けられてしまいます。
頭部外傷では、その衝撃によって脳が直接ダメージを受けて亡くなることがあります。
それだけでなく、この"圧排"によって脳の重要な機能を司る部位を圧迫してしまうことで死に至るというケースも多いのです。
これを"ヘルニア"と呼びますが、これは後述します。
頭蓋骨の内側も層になっており、外側から、
頭蓋骨→硬膜→くも膜→軟膜→脳
となっています。
先ほどの"頭蓋骨外血腫"と同様に、"頭蓋骨内血腫"でも血腫が出来た部位によって区別されます。
『硬膜外血腫』:頭蓋骨と硬膜の間(硬膜の外側)の血腫。頭蓋骨骨折に随伴することが多い。教科書的には意識清明期が有名。
『硬膜下出血』:硬膜とくも膜下の間の血腫。
『くも膜下出血』:くも膜と軟膜の間の出血。動脈瘤破裂によるものが多い。
『脳内血腫』:脳実質内の血腫。
"硬膜外血腫"は頭蓋骨直下の血腫なので、骨折に随伴していることが多いですね。
"硬膜下血腫"や"脳内血腫"は、必ずしも頭蓋骨骨折を伴っていないこともあるので、骨折がないといって油断してはいけません。
またくも膜下出血は、
「動脈瘤破裂による病的出血」
「外傷による外因性出血」
の2タイプがあります。
法医実務上はこの両者の鑑別が極めて重要です。
(※Wikimedia Commonsより)
脳動脈が集まるウィリス動脈輪と呼ばれる動脈密集部があり、そこに動脈瘤の破裂がないか?のチェックは必須となります。
特に動脈の分岐部は血流により力がかかりやすく瘤になりやすいです。
・前交通動脈(Acom)
・内頚動脈-後交通動脈(IC-PC)分岐部
・脳底動脈先端部
これらの3つは破裂しやすい動脈瘤の位置として有名です。
【脳ヘルニア・その他】
前述のように、頭蓋内血腫が出来ると脳が圧排されてしまいます。
圧排されると、
・周りの"頭蓋骨"に押し付けられる
・仕切りである"硬膜"に引っかかる
これらの状態を"脳ヘルニア"と言います。
この"脳ヘルニア"によって、生存機能を司る脳の部位が圧迫されると死に繋がる恐れがあります。
後者が少し分かりにくいとと思うので、説明を加えますね。
先ほど書いたように、脳は3層の膜に包まれています。
このうち"硬膜"は、部位によっては脳や小脳を分ける"仕切り"として存在しています。
・大脳鎌:大脳の左右を分ける仕切り。
・小脳テント:大脳と小脳を分ける仕切り。
これらの仕切りに脳が引っかかってしまうんですよね。
大脳鎌への引っかかり→帯状回ヘルニア
小脳テントへの引っかかり→テント切痕ヘルニア
です。
その他、小脳テントで囲まれた領域である"テント切痕"に、押し出された脳実質が押し込まれるのが『正中ヘルニア』です。
また"大後頭孔"と言って、脊髄が頭蓋から背骨へ出て行く穴があります。
この穴のサイズは(比較的細い)脊髄が通れるくらいです。
この穴に、血腫によって押し出された小脳が詰まってしまうのが『小脳扁桃ヘルニア』です。
ヘルニアの最後は『蝶形骨縁ヘルニア』です。
こちらは説明し難いんですが、脳底部に"蝶形骨縁"という骨隆起があるんです。
そこに脳が引っかかってしまうことですね。
特殊なケースとしては、"カーノハン圧痕"と"デュレ出血"があります。
カーノハン圧痕[Kernohan notch]:圧排によって血腫とは逆の大脳脚(中脳の一部)が圧迫されること。ちなみにアメリカの医師、カーノハン先生とウォルトマン先生が報告し名付けられました。(そのため[Kernohan-Woltman Notch Phenomenon]とも呼ばれるようです。)
デュレ出血(二次性脳幹部出血)[Duret hemorrhage]:脳幹ないし中脳に発生する出血のこと。脳幹部の血管が引き伸ばされ千切れることで二次性に起こると言われる。ちなみにこちらはフランスの神経科医であるアンリ・デュレ先生の名前が由来です。
脳ヘルニアもそうですが、両者は外傷による直接損傷ではなく、『外傷から続発する血腫や浮腫などによる圧排で間接的に起こる』というのがポイントですね。
以上、今回は"頭蓋関連の血腫(出血)とそれによるヘルニア"でした。
脳は生命維持に必須の臓器ですが、一部の脳が障害されただけですぐに亡くなってしまうわけではありません。
「生命維持を司る脳領域の障害」こそが死の原因であり、そこが確かにダメージを受けていることを解剖を通して確認しなくてはなりません。
また、脳は臓器の中でもかなり特殊な環境にあります。
それらを理解し『脳に起きたことを読み解く力』が法医実務では求められるのです。