"縊頚"(いわゆる"首吊り")という方法は、自殺の手段の中で最も多くを占め、本邦では全体のおよそ7割に及びます。
そのため、法医実務の中でも"縊頚"にまつわる所見やポイントというのは結構存在します。
参考記事:縊頚・絞頚・扼頚の違い
参考記事:シモンの出血
参考記事:アミュサ徴候
今回は、その"縊頚"に絞って書いていこうと思います。
取り上げるのは以下の2点です。
・首にかかる力
・動脈/静脈/気管の閉塞
・舌骨/甲状軟骨の骨折
『具体的に首にはどれくらいの力がかかるのか?』
そして『首に力がかかるとどうなるのか?』『なぜ亡くなってしまうのか?』
今回はこういった観点で見ていこうと思います。
【首にかかる力】
"縊頚"というのは「自重による首締め(≒首吊り)」でした。
それでは、実際にどれくらいの力が首にかかるのでしょう?
「当然体重分の力が首にかかるのだろう」
これはもちろん正解です。
ただし、理論通りに"体重全ての力が首にかかる"というのは
『身体が完全に宙に浮き、身体がどこにも触れていない場合』
に限った話になります。
逆に「身体が宙に浮いてなかった」り「身体が何かに触れている」場合などでは全体重が首にかかるわけではないわけですね。
具体的には、ある教科書では下記の通りに説明されています。
このように、身体の接地具合によって、かかる体重の割合が違ってくるわけです。
「決していつも体重分全ての力が頚部にかかっているわけではない」という点に留意してご遺体を観察しなければなりません。
【頚部に力がかかるとどうなるか?】
前述のように、頚部に力がかかるとどうなるのでしょうか。
一般的なイメージとしては「息が苦しい」となるでしょう。
確かに頚部圧迫では気道が閉塞します。
およそ15kgの力で気道は閉塞すると言われています。
しかし、それだけではありません。
頚部には気道の他、動脈や静脈があります。
これらの血管の閉塞も死(特に意識消失)に関わっています。
"縊頚"では気道閉塞だけが起きて死に至るわけではないのです。
皆さんも1分弱程度なら息を止められますよね。
"血管閉塞"が起き、脳に酸素が供給されないことも死に関係していると言われています。
柔道の絞め技を考えてみると、1分弱よりも遙かに短い時間で"落ちる"ことから皆さんにもそれが分かると思います。
脳に血液を送る血管についても一定の力がかかると閉塞が起きます。
・気道:15kg
・総頚動脈:5kg
・内頚静脈:3kg
・椎骨動脈(片方):17kg
・椎骨動脈(左右):30kg
当然"気管閉塞だけ"で死に至ってしまいます。
しかし、仮に気管孔の開いている方でも縊頚で亡くなってしまうことから、"血管閉塞だけ"でも死に至ると言われます。
つまり...教科書的には、
『15kg以上の力が頚部にかかると死ぬ恐れがある』
『30kg以上の力が頚部にかかると数秒で意識を失う』(→当然15kg以上なので死に至ります)
ただしこれはあくまで参考値であり「15kg以内の力なら安心である」とか「30kg以上じゃないと意識を失わない」という意味では決してありません。
絶対に勘違いしないでください。
【気道・血管以外の影響】
上の画像のように、頚部にはさらに他の臓器があります。
縊頚で特に重要となるのが"舌骨"と"甲状軟骨"です。
"舌骨"はU字型の骨で、この舌骨の"大角"という部位が縊頚による圧迫の影響で折れます。
"甲状軟骨"は、先ほどの舌骨したにあります。
ちょうど「のど仏」と言われるものですね。
縊頚では、この"甲状軟骨"の"上角"という突起部位が折れやすいと言われています。
例のごとく、「縊頚なら必ず折れている」というものではありません。
しかし、解剖ではこの部位が骨折しているか?という確認は必要になります。
またそれ以外にも、骨折だけでなく、頚部筋肉の出血や挫滅等が認められることもあります。
以上、今回は"縊頚"について詳しくみてきました。
冒頭に書いたように、"縊頚"は法医学でもかなり重要なテーマのひとつです。
日々の法医実務でも、みるべきポイントをきちんと押さえる必要があります。