解剖時の手袋

今回は解剖時の手袋・グローブについて書きます。


手術では綺麗に手を洗った後、アルコールを吹いてラテックスのグローブを着けますよね。

では解剖ではどうなのか?

皆さんは知っていますか。



結論から先に書くと...

実は『手袋を3重にも着けて解剖している』んです。


手袋をする理由は2つあります。

・"自分が"感染しないため
・"相手を"感染させないため

この2つの観点があることを理解する必要があります。



【自分が感染しないため】

これは特に法医学の領域においてメインとなりますね。

病理解剖なら、まだそれまでの臨床経過の中で感染症検査や既往歴が分かっていることも多いかと思います。

しかし、解剖の中でもとりわけ我々法医学の扱う法医解剖というのは、バックボーンの分からないご遺体がほとんどなんですよね。

そのため『法医学者は感染症に罹患するリスクが医療従事者の中でも高い』と言われています。


心臓は動いていませんので、手術時のように血が吹き出ることはありませんが、それでも解剖において血液を避けることは不可能です。

もちろん感染源は血液以外の他の分泌物でもなり得ますし、菌塊に直接触れることもあります。

だからこそ、ガウンはもちろん、手袋は3重にもして解剖に臨むのです。


装着するグローブは具体的に内側から

第1層(最も内側):プラスチック製ないしアクリロニトリル製のグローブ
第2層:ラテックス製グローブ
第3層(最も外側):綿製グローブ

となっています。(※法医学教室に依ります)


最も内側はごく一般的な手袋です。

その上から更に手術で使うのと同じラテックス(ゴム製)の手袋を着けます。

そして最も外側には綿の手袋を装着して解剖を行います。


綿手袋は指先の触覚が悪くなってしまいますが、ラテックスの手袋よりも滑りにくく、また耐久性もありますので、解剖中の思わぬ事故を防ぐ目的があります。

完全防備です。笑



『相手を感染させないため』

この観点はやはり臨床医学(手術)で顕著かと思います。

手術は患者さんの無防備(本来無菌である)な清潔部位を触れるわけです。

もしそこに自分の汚い手が触れて、菌を移してしまい感染させてしまったら...傷はグチュグチュになってくっつきませんし、最悪の場合そこから血液に菌が入って亡くなることもあります。

なので外科の先生は丁寧に手を洗い、清潔な手術手袋に手を包んで手術に臨むのですね。

知り合いの外科医の先生は「爪があると菌が入りやすいから常に深爪!」とすら言っていたくらいです。



もちろん厳密に言えば、どちらにも両者の目的があるんですけどね。


外科医の先生自身が患者さんの病気に罹らないように(肝炎ウイルスやHIVウイルスなど)という観点もあります。

逆に法医学でも「ご遺体に感染させない」とは言いませんが、『自分の組織がご遺体に付着しないように手袋を着ける』(「コンタミネーションを避ける」)という意味もあります。

DNA検査などをする際に、もし仮に採取する綿棒を素手でべたべた触ってしまったら、そのDNAに検査をする法医学者のDNAが含まれてしまう可能性がありますよね。

この考え方は実験で手袋を着けるのと同じ理由です。



手術には指先の感覚もすごく重要と聞きます。

できるだけ必要最低限かつ効果的な感染対策が求められます。

法医学でももちろん指先の感覚も大切なのですが、それと感染防御を天秤にかけた結果、このような手袋3枚重ねに至っているのだと思います。

長時間の解剖では手がふやけてしまっていることもありますが、それでも重ね着は重要なんですよね。