交通外傷4 -乗員編- [ハンドル損傷、ペダル損傷]

前回までは、交通外傷の中でも特に"歩行者"における損傷を書いてきました。

交通外傷1:バンパー損傷、メッセラー骨折
交通外傷2:ボンネット損傷、フロントガラス損傷
交通外傷3:タイヤマーク、伸展創

今回からは自動車の"乗員"に認められる交通外傷(損傷)についてみていきたいと思います。


乗員の位置(誰がどこに座っていたのか?)というのは、交通外傷を考える上でもかなり重要となってきます。

もっと具体的に言うと「誰が運転手(=責任者)なのか?」という話になるわけです。

それを特定するためには乗員における交通外傷を知らなければなりません。

「どういった損傷は運転手に出来やすいのか?」
「助手席にいると起こりやすい損傷は何か?」

こういったことを念頭に置いて、法医学者は損傷を細かく観察します。


まず乗員編の最初は、運転手に起きやすいとされる"ハンドル損傷・ペダル損傷"について書いていこうと思います。


【ハンドル損傷】:ハンドルによる打撲損傷。胸部や腹部に皮下出血やキズが認められる。内臓損傷としては、胸骨・肋骨骨折、心臓や肺、肝臓、脾臓、腸管などの損傷が多い。急停止に伴う心臓の引っ張りによって大動脈が断裂することもある。

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【ペダル損傷】:足部や下腿部の損傷(主に骨折)。ブレーキのために踏ん張ったことによって発生する。

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詳しくみていきましょう。



【ハンドル損傷】


これは運転手における損傷で最も典型的です。

運転席には目の前にハンドルがあります。

交通事故の際には、前のめりになる力が働くので運転手はそのハンドルに衝突します。

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ハンドルがぶつかった胸部や腹部に皮下出血(内出血)やキズが出来ます。

胸腹部のキズの観察にはかなり注意が必要です。


解剖においては、胸腹部の体内にある臓器...つまり心臓・肺・肝臓・脾臓・膵臓・腸管といった臓器の損傷が認められます。

主に打撲による破裂や断裂で、胸腔や腹腔内には血液の貯留が観察されます。


逆に、運転手以外(助手席や後部座席)には目の前にハンドルのような突起物は当然ありません。

この点がハンドル損傷は運転手を判断するのに重要なポイントなのです。



【ペダル損傷】

こちらは運転手がブレーキをかけようとブレーキを踏ん張ることによって起きます。

足趾や下腿部の骨折として認められることが多いです。

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"ブレーキを踏ん張る力"に加え、急停止に伴う"慣性の法則による身体が前に進む力"が合わさって、足部の骨に強い力がかかり折れてしまうわけですね。

ハンドル損傷と比べ、見た目的な傷としては靴などを履いているので目立たないことも多いです。



以上、運転手に認められやすい損傷の2種類でした。

「これらがあれば必ず運転手である」というものでは決してありませんが、乗員の位置を推定するには有力な手がかりです。


ちなみにこれらの損傷はシートベルトをきちんと着用していても起きます。(だいぶ軽減はされますが)

シートベルトはあくまでも"車外放出"を防ぐ目的なので、身体が全く前のめりにならないわけではありませんからね。

これらの損傷があるからと言って「シートベルトを着用していなかった」と推定するのは厳しいところでしょう。(本当にシートベルトをしていなかったらもっと悲惨なことになります...)



実際のところ、最近は車載カメラも増えてきていますので、割とそこから乗員の位置が判断できることも多く、その点は法医学者としても助かります。

だからといって、こういった損傷の所見に意味がないわけでは当然ありません。

損傷を"診る"ことは法医学者の基本です。

今後どのような時代になろうと損傷を診る重要性は決して変わらないことでしょう。