今回は主に法医学を目指している医学生・研修医さんに向けた内容です。
それ以前の方(中学生や高校生の方)は、今は何よりもまず"医学部に入学すること"を第一に考えてください。
おそらくそういった方は『法医学者となる前に研修医を経た方が良い』という話はよく耳にしたことはあると思います。
私自身もそう思っていますし、それについては多くの法医学者で異論のないところだと思いますが、近年はその臨床研修の先にある"専門医制度"の事情も変わってきていますよね。
私自身も実際に臨床研修を修了した後、法医学に足を踏み入れました。
しかし、その中でいろいろと葛藤や悩みがあったのは事実です。
それも踏まえて、今回は『法医学者からみた"研修医制度"と"新専門医制度"』を書いていこうと思います。
以前の記事(「法医学者になるには」)もぜひ参考にしてください。
法医学者となる前に研修医を経るべき理由は大きく2つあると私は思っています。
・"臨床医学"を知るため
・"アルバイト"をできるようになるため
この2点です。
【臨床医学を知るため】
これはイメージも容易いことかと思います。
法医実務をこなすに当たって、臨床医学の知識は必須です。
かつては、医師免許取得後にダイレクトで法医学教室の門をたたく法医学者も普通にいらっしゃったと聞きます。
しかし、医学が発達してきた現代においては、これを無くして語れません。
なぜなら今日多くのご遺体が病院に搬送され救命処置を受けた後に解剖となるからです。
臨床の先生から診療情報を頂いた際、
・患者さんがどのような臨床状況であったのか?
・どのような治療を受けたのか?
・臨床の先生はどのようなことを考えているのか?
等、これらを我々が理解できなければ死因究明の精度も高まりません。
"死"という事象は、必ず"生"の後に起こります。
だからこそ、人の生を学ぶ"臨床医学"をきちんと知る必要があるのです。
また法医学に入ってから月日が経つと、年齢も上がりなかなか"教えてもらう"機会も減ってきます。
法医学はどうしても臨床からある程度距離ができてしまいますからね。
立場が上がれば、素直に他人に教えを請うこともできなくなります...。笑
そんな時、研修医の頃の友人に今でもチラッと連絡して聞いたりできることは、私にとって大きなメリットです。
そもそも人生の中でかけがえのない友人が出来たというのは、何事にも代えがたい宝物ですね。
【アルバイトをできるようになるため】
これは人によっては邪道な動機と思われるかも知れません。
法医学者の中にも「お金じゃない」と仰る高貴な先生方もいらっしゃいます。
でも、私自身はそれだけでは務まらないと思っています。
法医学者にも人生があります。
人並みに生活して結婚して子育てして...その中で、日々の生活に不安を抱えずに働けるべきです。
もちろんそのような人生を送るつもりはない方もいらっしゃるかと思います。
ただ少なくともそう思う人が不自由のない生活を送ってもらえる環境であるべきではないでしょうか。
法医学のみで生活できれば何の問題もない話なのですが、それが現状できていないのが大変悔しいところです...。
話を戻しますが、昨今は医師のアルバイトを斡旋してくれるような企業もあります。
ですので、そこまで高度な臨床能力が求められない仕事もありますし、それで生活することも可能です。
そのような仕事をするにしても、臨床の知識はあって損になるものではありませんし、2年間という時間を削ってまで早く法医学に入るメリットはそこまでないのでは?とも思います。
ただ単に「2年間適当に病院で働けば良いのだろう」というわけではなく、これらのことを念頭に置きながら同期の研修医に負けないくらい精一杯臨床研修を行うと良いと思います。
別に将来臨床医にならないからといって臨床医学をしっかり学んではいけないという決まりはありませんから。
続いて"新専門医制度"についてです。
専門医については、法医学者にとっては基本的にオプション的なイメージかと思います。
専門医を持っていれば、確実に法医学業界で活躍できるとは思います。
近年は"専門医制度"も大きく変わりました。
詳細はぜひ臨床の詳しい先生に聞いてほしいところですが、それまでの各臨床系学会が主導する制度ではなく、各専門医制度を統合する日本専門医機構が主導していくようになりました。
より具体的に書きますと、新専門医制度においても、研修医のように各認定病院の『研修プログラムに参加して研修する』というカリキュラムになったようです。(※要確認)
専門医を取得するには各プログラムで体系的に医学を学ぶ必要があるのです。
従って、メインである法医学の勉強と並行して専門医取得を目指すというのは以前にも増して困難になりました。
私は研修医の箇所で書いたように、臨床知識は持っているべきだと思っています。
可能なら専門医も取得を...とすら正直思ったりはします。(単純に"ある"と"なし"となら、あるに超したことはないですし)
ですが、現行の制度でこれは難しいですね。
『研修医だけでなく、専門医も取りたい!』と思っている法医学者を目指す人にとっては、一旦法医学から離れなければならず、割と厳しい制度だと思います。
年月はかかってしまいますが、「それでも専門医を取ってから法医学に足を踏み入れる」というのも悪くはないかと思いますが。
ただあくまでも専門医は現時点ではオプショナルなものかと思います。
取得しても、法医学者として専門医の実効性があるのか?専門医の更新に困らないか?等の問題はあると思いますし。
これに関しては、ご自身が「どういう法医学者になりたいか?」という将来像と一度照らし合わせてみてください。
ここから実際に臨床研修を終えた頃の自分のことについて書いていきたいと思います。
私自身は法医学者を念頭に置きつつ臨床研修を始めました。
毎日充実し、当直も頻繁にこなすような日々でした。
そして、2年目になりいろいろと板にもついてきました。
法医学から少し離れたものの当初の思いは変わらず、日々の業務に奮闘しておりましたが、そんな気持ちと反比例するように、当時の私にあるひとつの悩みが出てきました。
【このまま臨床医としての道もどうなのだろうか?】
先ほど書いたように、研修の中で仲の良い友達も出来、良くしていただいた先生には「うちの科に入局しないか?」とも言われます。
多くの同僚が2年目の夏頃から『どの診療科に進むか?』『どの病院に就職するか?』とざわつき始めます。
同僚は研修修了後のことを私にも聞いてきますが、私は『臨床には行かないんだ』と答え、その度にどこか複雑な気持ちになりましたね。
どういう感情か?と言われると今でも難しいのですが、やはり(研修医として)"普通"の道ではないということに、どこか後ろ髪を引かれる思いがあったのだろうと思います。
そういう意味では、もしかすると私は本当は心の底から「私は絶対に法医学!」という気持ちではなかったのかも知れません。
もしかすると、今法医学を考えている方も、臨床研修を行う中で私と同じような気持ちになるかも知れません。
私自身は2年間の臨床研修後、結局法医学教室に入りました。
これが正解だったかどうかは私にも分かりません。
臨床医を続けていれば、今ではたくさんの仲間に囲まれながら多くの命を救っていたかも知れません。
しかし、そうでないかも知れません。
ただ少なくとも今の私は「現在の法医学者としての自分」に満足しています。
私が皆さんにひとつだけ言いたいのは、『"法医学者になること"が重要なのではない』ということです。
それは数多くある"手段"のひとつであって、決して"目的"ではないんです。
1番大切なのは『自分自身がその選んだ人生を幸せに思えるかどうか?』なんですよね。
法医学者を目指して臨床研修を開始したけど、その中でいろいろと影響を受け、最終的に臨床医を続ける。
それも皆さんが良いと感じているなら、とても素晴らしいことだと私は思います。
途中でレールを変更することなんて人生で何度もあります。
変えてはいけないなんてルールはどこにもありません。
皆さんが「幸せな人生を送る」という駅を目指す過程で、どのようなレールを行こうが全く問題ありません。
なので、決して固執した考えを持たず、柔軟な頭で研修医を過ごしてほしいですね。
今回は、柄にもなく、どこか教祖様みたいなことを書いてしまいました。笑
法医学者は謎に満ちていますからね。
1番はいろんなお悩みも含めて「身近な法医学者に相談してみること」だと思いますよ。(※自分の在籍する(した)大学の法医学教室の先生など)
それでも、身近に法医学者がいなかったり少し距離のある方もいらっしゃると思います。
そんな方たちにとって、今回の記事が何かお役に立てば幸いですね。