解剖の種類2 (行政解剖・監察医制度と承諾解剖)

それでは③『行政解剖』から続けていきます。

行政解剖は文字通り「行政機関による解剖」です。

特にここでは『行政機関=監察医』ということになり、"監察医解剖"と呼ばれたりもします。

"監察医"と聞きますと、昨今はドラマにもなっていたりして聞いたことがある人もいらっしゃるのではないでしょうか。



行政解剖を語るにあたって"監察医制度"の説明は必須です。


監察医制度とは『日本の一部地域でのみ導入されている公衆衛生を目的とした解剖制度』です。

『死体解剖保存法(第8条)』に書かれています。

第二次世界大戦後、飢餓や結核によって日本国民が亡くなる中、その貧弱な死因究明制度を問題視した進駐軍の指示によって、1947年に当初の主要大都市に導入されました。

東京都23区・横浜市・名古屋市・京都市・大阪市・神戸市・福岡市です。

当初はここから導入地域は徐々に増えていく予定でした。

しかし、法律上設置が必置でなかったことや、全国的に衛生状況も良くなってきたことから、むしろ逆にそこから廃止する都市が出てくる始末でした...。

そして結局のところ、今現在現在でも監察医制度が残っている都市は、

・東京23区:東京都監察医務院
・大阪市:大阪府監察医事務所
・神戸市:兵庫県監察医務室
※名古屋市:愛知県死因調査研究会へ委託(年間数件程度)

のみになっています。

京都市・福岡市は1985年に正式に廃止、横浜市は2015年に廃止になっています。


予算は都府県が出しているのに、精度がカバーする範囲が特別区や市に限る等といった点も廃止の方向に傾いたりする要因のようです。

さらに近年"調査法解剖"が新しく導入されたこともあり、数年前には「大阪市の監察医制度が廃止されるかも?」という報道も出ましたが、何とか踏み留まりました。



"行政解剖"の内容自体は他の法医解剖と原則違いはありません。

監察医は当然訓練を受けた法医学を専門とする医師です。

また解剖だけではなく、顕微鏡検査や薬物検査も行い死因を究明します。

公衆衛生目的、つまりは"公共の利益"を目的としていますので、遺族の同意は法律上は必要とされていません。(※ただし実際の運用上は原則遺族の同意を取得していることが多い)

そして、その解剖結果は当然として遺族に伝えられます。



しかし、そんな行政解剖(≒監察医制度)にどうして廃止の話が出てきてしまうのでしょうか。

これは"行政解剖の運用の特殊性"が関係している気が私はしています。


行政解剖ですから『犯罪の関与が否定されたご遺体』であることが大前提です。

ですが、結局犯罪の関与を検討する上では警察による検視が必須になります。
(ちなみにもし行政解剖の途中で犯罪関与が判明したら、警察署長に届け出の上、改めて司法解剖に変更することになります。)

なので行政解剖とは言っても、結局は警察の介入が必要なのは他の法医解剖と変わりません。


前回の記事を振り返りますと、犯罪捜査に関係なく"死因究明"が目的で行われる法医解剖がありました...それが"調査法解剖"です。

『"公衆衛生"が目的の行政解剖か?』vs.『"死因究明"が目的の調査法解剖か?』

解釈によってはどちらの目的も決して遠からずですよね。

犯罪関与がなく死因不詳のご遺体...こういったご遺体に関しては行政解剖・調査法解剖のどちらでも解剖が行われ得ます。

それなら、後は警察の運用次第になってきますよね。


他に大きな違いをみていくと、

・解剖費用の出所:行政解剖では都府県、調査法解剖では警察がお金を出します。
・実施可能地域:前述のように行政解剖では監察医を設置できる地域が法律で限定されている。
・解剖実施権限;行政解剖では監察医自身が判断、調査法解剖では警察署長が判断する。

これらを加味すると、警察側からみると、調査法解剖の方が利があるように感じます。(費用の問題だけ残りますが)

逆に行政側(都道府県)からみると、前述の予算の問題や、(犯罪は関与しないと判断されているとは言え)訴訟リスク等を考えると廃止したくなるのも無理がないのかも知れません。

こういった色んな問題を、行政解剖・監察医制度は抱えているんですね。


しかし、法医学者にとっては、純粋な公衆衛生目的である"監察医制度"は重要な役目を持っています。

解剖率をみても、監察医制度を導入した地域の解剖率は非導入地域よりも高く、やはり監察医制度は死因究明制度に大きく貢献していると言えますしね。



調査法解剖が導入され少し事情は変わってきていましたが、それ以前に監察医制度のない地域において、犯罪関与の可能性が低いご遺体に対して行われていたのが④『承諾解剖』です。

こちらも『死体解剖保存法(第7条)』が根拠法です。

文字通り遺族の"承諾"を得て行われる解剖です。

沖縄等で行政解剖のようなニュアンスで行われる"準行政解剖"と呼ばれるタイプや、遺族の強い希望あって行われるタイプなどがあります。

"承諾"があって行われる解剖ということで、解剖費用は遺族が出すことが多いです。

これまでの解剖とは違い『遺族が同意しなければこの解剖はできない』というのが、この承諾解剖の最大の特徴です。

ですので、『場合によっては遺族によって犯罪が隠蔽され得る』とも言われており、この点に(法律上は)同意不要な"行政解剖"の優位性を説く法医学者もいます。



前回も書きましたが、法医学で扱う以上4つの解剖を総じて【法医解剖】と呼ばれています。

少し長くなりましたが...ひとまずは書き切れました。

次回は残りの⑤病理解剖⑥系統解剖と+αについて書きたいと思います。