解剖の種類3 (病理解剖と系統解剖+α)

解剖の種類、最終章は⑤『病理解剖』と⑥『系統解剖』、それと+αとして残りの『その他の解剖』をさらっと書いていきたいと思います。

今回テーマの解剖は、我々法医学では基本的に扱わないものとなります。


"病理解剖"は、主に病理医の先生が執刀される解剖です。

病理(医)とは何だったか?を考えてみます。 (参考記事:「法医学とは何か」)

この病理解剖の対象となるのは『病院で亡くなった患者さん』です。


病理解剖の目的は、以下の通りです。(※日本病理学会より)

病理解剖とは、病気のために亡くなられた患者さんのご遺体を解剖し、臓器、組織、細胞を直接観察して詳しい医学的検討を行うことです。

・治療がうまくいっていたのか?
・どれくらい病気が進行していたのか?
・他に合併症はなかったか?

そういった提供した医学の妥当性を確認するために行われます。

『病理解剖は死因究明のために行われます。』と、よくメディアからも耳にしますが、それは本来の目的ではありません。

もちろん病理解剖を経ることで結果的に死因を特定することにもなりますけどね。


また病理解剖には遺族の同意が必須です。

もしかしたら病院で近親者が亡くなられて、『もし希望されるようでしたら解剖という方法もあります。』と、医療従事者から提案された経験のある方もいらっしゃるかもしれません。

ですが、"承諾解剖"とは違い、費用については病院が全額負担してくれます。(参考記事:「承諾解剖」)

病院側からみると、全額持ち出しです。

ちなみに、ある調査によると1回の病理解剖にかかる費用は約25万円と推定されるそうです。


また法医解剖では解剖の中で開頭するのが原則となりますが、病理解剖では開頭はせず局所解剖となることも多いみたいです。

病理解剖で開頭するのは脳腫瘍等の疾患がある場合などに限った話で、解剖の同意書以外に別途開頭に関する同意書をとる病院もあると聞きます。

その他、法医解剖では外傷の観察が細かい点や薬物検査が行われる点なども、病理解剖とは少し雰囲気が違っているのかもしれません。


病理解剖の中で、犯罪の関与が疑われる所見があれば、24時間以内に警察署長に届け出る義務もあります。

それと関連して、病理解剖となったご遺体の再解剖が我々法医学者に依頼されることもまれにあります。(犯罪関与以外にも、医療事故に関連して法医解剖が依頼されることもある)


『副次的に、病理解剖は病理医にとって病理学的なスキルアップにも繋がる』という側面もあります。

実際に病理専門医の条件のひとつとなっています。(確か研修病院の認定条件にもなっていたと記憶しています)


ただそんな病理解剖も近年は減ってきています。

現在病理解剖は年間約1万件行わていますが、この数は過去10年間に半減しているそうです。

この原因には下記のような要因があると言われています。

・遺族側が解剖に消極的になってきている
・多忙な病理医の負担が大きくなる(から遺族に強く勧めない)
・死後画像診断で済ましてしまうケースが出てきている

個人的には特に一番最後の要因が大きいと思っています。

臨床医からしても、大切な人を亡くした遺族に対して病理解剖を勧めるよりも、「解剖とまではいかないまでも、せめてCT検査をしてみませんか?」という話は気持ち的にもしやすいですから。


また法医解剖とは違い、病理解剖では遺族の同意を主治医が取得します。(法医解剖では主に警察官が取っていることが多い)

この同意を取得する主治医の熱意というか温度というのも、遺族の返事ひいては病理解剖をするかどうか?に大きく関わっているような気がします。


法医解剖は年々増えていっている中、病理解剖は逆に減ってきている、というのは、同じ解剖に携わる人間としては気になっています。

今後この数字がどうなっていくのか?注視したいと思います。



その他、法医解剖には当てはまらない解剖が⑥『系統解剖』です。

これは『医学教育のために行われる人体の構造を理解するために行われる解剖』です。

対象となるご遺体は、"生前に自らの意思で献体を希望された方々"になります。

医学部を持つ大学内に"白菊会"などの名称で献体を募る部署があって、そこで生前に献体希望者は登録します。

系統解剖は主に医学部の解剖学実習の期間中に行われます。

実際に献体となると、その実習期間が終わるまでご遺体の返却を待ってもらわなければならないなどの事情もあります。

ですので、もし献体に興味があるという方は、そういった説明をきちんと事務局に聞いた上で申し込みを検討してくださいね。



以上が主要な解剖6種[①司法解剖 ②調査法解剖 ③行政解剖 ④承諾解剖 ⑤病理解剖 ⑥系統解剖]です。



その他の解剖として、実際に行われることはほとんどありませんが、以下のような解剖もあります。

・食品衛生法第59条に基づく解剖:食中毒等に対する解剖
第五十九条 都道府県知事等は、原因調査上必要があると認めるときは、食品、添加物、器具又は容器包装に起因し、又は起因すると疑われる疾病で死亡した者の死体を遺族の同意を得て解剖に付することができる。
②前項の場合において、その死体を解剖しなければ原因が判明せず、その結果公衆衛生に重大な危害を及ぼすおそれがあると認めるときは、遺族の同意を得ないでも、これに通知した上で、その死体を解剖に付することができる。

・検疫法第13条に基づく解剖:感染症に対する解剖
検疫所長は、前項の検査について必要があると認めるときは、死体の解剖を行い、又は検疫官をしてこれを行わせることができる。この場合において、その死因を明らかにするため解剖を行う必要があり、かつ、その遺族の所在が不明であるか、又は遺族が遠隔の地に居住する等の理由により遺族の諾否が判明するのを待つていてはその解剖の目的がほとんど達せられないことが明らかであるときは、遺族の承諾を受けることを要しない。


以上は、どちらも行政による解剖であり、一定の条件を満たす場合は遺族の同意も不要ということで、広い意味で"行政解剖"に分類されることもあります。(これも法医解剖に含めるかは議論の余地あり)

後者の解剖なんて、新型の感染症が流行している正に今このご時世に行われるべき解剖とも言えると思いますが、果たして実際に検疫法に基づく解剖が国内でどれくらい行われているのか?は私は知りません。



ということで、3回に渡って解剖の種類に関する記事を書いてきましたが、これにて解剖シリーズは終了です。(参考記事:解剖種類、③は本記事)

司法解剖や調査法解剖なんて具体的にもっともっと書きたいことが山程ありますが、このあたりで抑えておきます。

皆さんが使いこなす必要は全くありませんが、もしこういった話が出た時にちょっとでもその理解の助けになれれば幸いです。