前回「死亡時刻の推定」について医師国家試験の過去問を取り上げて解説しました。
今回も法医学に関する過去問について書いていこうと思います。
テーマは『死亡診断書・死体検案書の"死亡したとき"はどの時刻を書くか?』です。
おそらく法医学に詳しい方なら、「それは(死亡確認時刻でなく)死亡時刻でしょ」と思うかも知れませんね。
そして、実際に"死亡診断書記入マニュアル"にも
『死亡確認時刻ではなく死亡時刻を記入することが原則です』
と書かれています。
しかし、ある医師国家試験問題ではそれが徹底されていないんです。
それが【第103回F問題19番】です。
実際にその問題をみていきましょう。
[103F19]
80歳の女性。食欲低下を主訴に入院していた。3日前に風邪をひいたことを契機に、食事がとれなくなった。肝転移を伴う胃癌があるが、患者も家族も積極的な治療は望んでいない。娘夫婦が病院から車で30分の距離に住んでいる。10年前に心筋梗塞の既往があり、ステント留置術を受けている。
午前3時の検温時に呼吸していることを看護師が確認していたが、脈拍は測定しなかった。午前6時05分の検温時に、ベッド上で心肺停止状態であるのを看護師が発見し、医師と家族とに連絡した。先に到着した研修医がモニター心電図を装着して自己心拍を認めないことを確認した。午前6時15分に指導医が到着し一緒に診察を開始した。体温35.0 ℃(直腸温)。自己心拍と自発呼吸とは認めず、瞳孔は左右同大で散大していた。午前6時20分に診察を終了し、心肺蘇生は行わなかった。
午前6時45分に娘夫婦が到着した。状況の説明後、死因の特定のために病理解剖の同意を求めたが承諾を得られず、死亡診断書を記載することになった。
死亡診断書に記載する死亡時刻で正しいのはどれか。
a. 午前3時00分
b. 午前6時05分
c. 午前6時15分
d. 午前6時20分
e. 午前6時45分
ちなみにこの問題は受験生の85%が正解したようです。
皆さんは分かりますか?
答えを言ってしまうと、厚生労働省が出した正答は【D.午前6時20分】です。
つまり「研修医・指導医が診察を終了した時刻」です。
冒頭に書いた"死亡時刻"に関する話を考えると「ちょっと待てよ?」と思う人もいるかも知れません。
なぜなら[午前6時20分]は厳密に言えば"死亡確認時刻"だからです。
もし仮に午前6時20分の診察終了時点で直腸温が35.0℃であったなら、
(37.0 ー 35.0) ÷ 0.8 = 2.5時間
従って、死亡推定時刻は、午前6時20分の2時間半前...だいたい【午前4時頃】といったところになりますかね。
そもそも選択肢に良さそうなのがないので、その時点で受験生は「あ、午前4時は違うんだな」と感じるとは思います。(※午前3時は確実に生きてますし)
となると「(死亡確認時刻にはなるが)午前6時20分なのかなぁ」ということで、受験生はDを選べて8割以上の正答率となったのでしょう。
また、場合によっては、看護師が心肺停止なのを発見した[午前6時05分]を死亡時刻と考えた受験生がいてもおかしくないと私は思います。
これが不正解な理由は、
・あくまで"心肺停止"であること
・発見(確認)したのが医師ではなく看護師であったこと
この2点だと私は思います。
"心肺停止"というのは確かに致命的ではありますが、現代の日本においては、これを以て死亡と判断してはいません。(参考記事:「死とは」)
心肺停止していても、その後の治療で生還する可能性もあります。
少なくともきちんと三徴候(脳・心臓・呼吸運動の停止)を確認する必要あると思います。
また"死亡確認"はある意味医師の専売特許です。
仮に三徴候を看護師さんが確認していたとしても、厳密には『医師が確認した時刻』こそが"死亡確認時刻"です。
『医師は自ら診察をしないで診断書を交付してはいけない』と医師法で定められていますからね。
以上の理由から、やはり[午前6時05分]は"死亡(確認)時刻"ですらないのです。
国家試験の問題としてはこれで終わりかも知れませんが、実際問題はそうもいきません。
やはり本来は「死亡したとき」には"死亡時刻"を書くべきだと私は強く思います。
確かに臨床現場では、まだまだ慣習的?に"死亡確認時刻"を記載している医師はいらっしゃいますし、死亡時刻を自身で推定した上でその時刻を死亡診断書・死体検案書に記載することに躊躇してしまうのも理解できます。
もちろんベッドサイドで心電図モニタなどを装着し、ご臨終の際に傍らに医師が待機している場合などでは、『死亡時刻=死亡確認時刻』であることは全然ありますし、一概にも言えません。
(推定して出した漠然とした"死亡時刻"よりも)死亡確認時刻は数字として明確に分かりますし、実際ご臨終の場においても家族に説明しやすいです。
また警察医などでない限り、そんな死亡時刻を推定して記載する経験なんて多くの臨床医がしたことないでしょうしね。
それでもやはり本問題のような"死亡確認時刻"というのは、『たまたまそのタイミングで医師が死亡を確認した時刻』に過ぎず、医学的な意味合いは全くありません。
是非とも臨床現場でも"死亡確認時刻"ではなく、"死亡(推定)時刻"を「死亡したとき」に記載してほしいです。
ということで、今回は(法医学者の間だけ?で)議論となった医師国家試験過去問を取り上げました。
死亡診断書記入マニュアルを発行している厚生労働省自身が、誤った認識を導いてしまうような問題を作ってしまうのはいかがなものか...と思ったりします。。
ただある意味でかなり臨床に則した(現場の実情を反映した)問題だとも言えるかも知れません。
実際、自分が臨床医として働いていた時も、警察医の先生を除き、わざわざ死亡時刻を推定して記載する医師なんて私自身は見たことないですもん。
でも、それが正しい姿だとは私は思いません。
早く臨床現場の風潮が変わり、毎回きちんと医師が死亡時刻を推定しそれを記載するのが普通・ごく当たり前な世の中になってほしいです...。
医学に絶対はありませんが、こういったルールや規則に関してはきちんと統一できるはずですからね。
是非このブログを読んでくださった医師から変わっていってほしいものです。