ワイドラー徴候(Wydler's sign)

今回は溺死の際に認められることのある"ワイドラー徴候"について書いていきます。

所見というか現象といったところでしょうか。

想像以上に単純な現象ですので肩の力を抜いて読んでもらえればと思います。


【ワイドラー徴候】[Wydler's sign]:胃内容を静置すると3層に分離する現象。上から泡沫(気体)→溺水(液体)→胃内容物(固体)の3層に分かれる。

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詳しくみていきましょう。



【ワイドラー徴候】

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これは"溺水"で認められ得る所見です。


溺水すると、基本的には大量の液体を吸引してしまいますから、画像のように中間の液体層が現れます。

それに加えて、溺死の所見のひとつである"呼吸運動による泡沫"(シャウムピルツ)が上層に形成されます。

最下層には食物残渣や溺水時に吸引した泥や砂などの固体成分の層が出来ます。

割と単純な原理ですよね。


ここで重要なのが、上層の"泡沫"と下層の"泥や砂"です。

中間層の液体は、死後も水が胃内に入り込むことがありますし、生前に飲水したものかも知れません。

下層の食物残渣は言うまでもなく、単に生前の食べ物が残っていただけですよね。

例えば、溺死ではなくても、生前に多飲多食すれば2層に分かれ得るのは容易に想像できると思います。

なので、この層(水の中間層と食物残渣のみの下層)の意義はそれほど深くはありません。


ところが、上層の"泡沫"は日常生活や死後には出来ません。

上層のシャウムピルツは、溺水時の呼吸運動によって水が肺でシェイクされることで出来るため、"溺水"を示唆する所見と言えます。

また下層の"泥や砂"というのも、基本的には日常生活で摂取することはありませんし、死後偶発的に入ってくることも基本的には考えられません。

従って、溺水時に水とともに泥や砂を吸い込んでしまった(つまり溺水した)と言えるのです。

ここがすごくポイントだと私は思っています。



ということで、今回は"ワイドラー徴候"を取り上げました。


「すごく単純な現象なのに、何故わざわざこんな大層な名前が付いているのだろう...」とかつて私も思ったりしました。

しかし、実際にこのように名前が付くと、その現象などを専門家間の共通認識として表現しやすいですし、議論も深まるんですよね。

「溺水の時に3層になるあの現象のヤツ」ではなく『ワイドラー徴候!』と言えた方がすっきりしますし、単純に3層になるだけではなく、前述のようにその本質や意義まで言い表すことができます。


他の法医学用語もそうですが、こうやった名前が付くことはその学問の発展にも繋がるのです。

ワイドラー先生のように、いつか私も何かを新発見して自分の名前が付いた用語としてこの世に名を刻みたいものです。