法医学で扱う様々な体液

身体の中には様々な体液(体内液)があります。

最もポピュラーなのは"血液"ですかね。

臨床医学でも、血液検査を行うことで患者さんの病態をいろいろと把握できます。

法医学でも同じように、体液(体内液)を検索することは重要です。

しかし、"体液"は"血液"だけではありません。

今回は法医学で扱う様々な"体液"について書いていきたいと思います。



【体液一覧】

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・血液 [blood]
・髄液 [cerebrospinal fluid]
・硝子体液 [vitreous fluid]
・唾液 [saliva]
・胸水 [pleural effusion]
・心膜液 [pericardial fluid]
・胆汁 [bile]
・腹水 [ascites fluid]
・尿 [urine]
・関節液 [synovial fluid]
・精液 [semen]


体液を調べる際、一般的に重要となるポイントは大きく3つあります。

①性状:色調や混濁、粘稠度など
②量:多い・少ない
③成分:各種臨床学的検査分析など

どのような体液をみる際においても、これら3項目はまず必ず念頭に置く必要があります。

その上で、各種体液の特徴や性質を加味して結果を判断していく必要があるわけですね。


それを踏まえて、続けてそれぞれの体液について詳しくみていきましょう。



【血液 [blood]】

最初はまず"血液"ですね。

"血液"は数ある体液の中でもやはり基本になってきます。

この"血液"が全身を循環してヒトは生きていますからね。

言い換えれば『全身状態を最も反映している』と言えるわけです。


死後変化の影響を受けるにしても、その重要性は法医学でも変わりません。

生前に大量の点滴が行われれば"希釈血液"となりますし、

多量出血があれば、全身の血液が減少し"貧血"状態になります。


死後の臨床検査でも、

尿素窒素、クレアチニン → 腎機能
CRP、プロカルシトニン → 感染症
HbA1c → 糖尿病
トリプターゼ:アナフィラキシー

こういった検査項目は死後検査でも比較的有用であると言われています。


やはり法医学でも様々な体液の中で最も重要な体液であると言えますね。



【髄液 [cerebrospinal fluid]】

"髄液"は脳や脊髄といった中枢神経系の周りに存在する液体で、生人では1日500mL生産され循環しているそうです。

脳はこの髄液の中でプカプカ浮いているわけですね。


髄液の所見で、1番有名なのはやはり"血性髄液"です。

髄液の色は基本は「透明〜薄い黄色」です。

そこに脳出血による血液が混じることで"血性髄液"となります。


その他の所見では"膿性髄液"があります。

文字通り、膿が混じって黄色く濁った髄液が認められます。

これは細菌による"髄膜炎"等で産生された膿汁が髄液に混じることで起きます。


脳腫瘍で循環する髄液がせき止められてしまい、髄液量が増えたり水頭症所見が認められることもあります。


検案時には"後頭下穿刺"として、この髄液を首の裏から針で採取することができます。(参考記事:「後頭下穿刺」)


法医学において"髄液"は血液や尿に次いでアクセスしやすい体液です。

ですので、血液や尿が採取できない際に、この"髄液"を用いて薬毒物検査を行うこともあります。



【硝子体液 [vitreous fluid]】

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"硝子体液"はあまり臨床的には使用しない体液の一つだと思います。

"硝子体液"は眼球の中に存在する透明で粘稠な液体です。(※"眼房水"とは違う)


この"硝子体液"の性状が異常を示すことは少ないですが、法医学では硝子体液に対して臨床検査を行うことがあります。

最も有名なのが、硝子体液中の"グルコース濃度"です。

要は"血糖値"(=血中グルコース濃度)の推定に使用するわけです。

血糖値は死戦期に上昇し、死後には低下します。

従って、死後時間経過の長いご遺体での血糖値は当てにならないことも多いです。

そこで使用されるのが"硝子体液"中のグルコースなのです。


また死後の血中カリウム濃度も同様に当てになりません。

死後は細胞が崩壊するため、細胞内のカリウムが血中に流れ出てしまうからです。

このカリウムも、"硝子体液"では有用であるという報告があります、、、がこちらは前述のグルコース値に比べると賛否両論のようですね。



【唾液 [saliva]】

唾液はご存じの通り、透明でやや粘稠な液体ですね。

生人では1日1L以上産生しているそうです。


法医学的には、性状や臨床検査分析というよりは、法科学分野での活躍が目立ちます。

"Se式血液型"(分泌型・非分泌型)をはじめとした個人識別ですね。

唾液中に分泌される物質の抗原性を調べることで個人識別に利用します。

その他、唾液中のアミラーゼの存在を調べたり、近年で言えば、ウイルスのPCR検査の試料検体としての方が有名かも知れませんね。


髄液や硝子体液とは違い、唾液は閉鎖された空間に貯留するわけでなはないので、なかなか死後の分析には苦労します。

法医学的には主流でないのは、そういう理由もあるのかな?と個人的には思ったりします。



【胸水 [pleural effusion]】

"胸水"は胸腔に存在し、肺を包む空間である"胸腔"の中に存在する液体です。

呼吸運動の際に肺が壁と擦れるのをスムーズにする役割があります。

英語で"effusion"(=滲出液)と呼びますが、生人でも正常でおよそ5mLは貯留しています。


"胸水"は"髄液"のように性状は重要となります。

肺や胸壁が出血していれば"血性胸水"となりますし、感染症で膿等が出てくると"膿性胸水"となって認められます。


また"量の変化"としては、慢性心不全や低タンパク血症のご遺体では多量の胸水が貯留しています。

この意義は臨床のそれと同様です。


また法医学特有のものとして「海水溺死の際の"塩分濃度"測定」が挙げられます。

(塩分濃度の濃い)海水を気管に誤嚥してした結果、胸腔へ染み出た胸水の塩分濃度が上昇するという理屈です。


胸郭の壁は比較的薄いので、臨床現場と同じように、"胸腔穿刺"を行うことで死後でも胸水を採取することが可能です。



【心膜液 [pericardial fluid]】

"心膜液"は心臓を包む空間である心膜腔内の液体です。

"胸水"と同様、"心膜液"は心拍運動の際の摩擦を下げる効果があります。

生人でもおよそ30mL前後存在しています。


法医学として意義深いのは、やはり死因にも関わってくる"血性心膜液"、つまり"心タンポナーデ"です。

この心膜液に血液が混じってくることで、心膜腔内がパツンパツンになってしまい、心臓は身動きがとれなくなってしまう病態です。

大動脈解離や心筋梗塞によって、心血管にある血液が流入していまうことで起きます。

その他、"心膜炎"や"心筋炎"では、"心膜液"が濁ったり量が増加するといった所見が認められることがあり、とても重要です。



【胆汁 [bile]】

"胆汁"は肝臓で産生される褐色粘稠な液体です。

"胆汁"の用途は法医学でもあまり多くはありません。


"胆汁"が様々な毒を解毒する肝臓で合成されるため、一部の薬毒物分析の試料として"胆汁"を用いることがあります。

とは言え、"胆汁"はかなり粘稠で濃い色素を持つため、分析の際にカラムを汚してしまうことから、積極的には試料として選択されません。


量としては、飢餓状態が続くと使用されない胆汁が胆嚢内に多量に貯留したり、胆石でせき止められるとやはり多量胆汁の貯留が認められることがあります。



【腹水 [ascites fluid]】

"腹水"は腹腔内に存在する液体ですね。

"胸水"と同じように、"腹水"は生人の正常でおよそ30mL前後存在します。

解剖時では、ご遺体は仰臥位ですので、"ダグラス窩・モリソン窩・脾周囲"に"腹水"が貯まります。


法医学的な意義としても"腹水"は"胸水"に似ています。

出血すれば"血性腹水"、腹膜炎があれば"膿性腹水"、悪性腫瘍があれば"癌性腹水"となり、性状に変化が現れます。

若干違うとすれば、"肝硬変"(による低タンパク血症)の際に、"腹水"は"胸水"よりも量が顕著に増加しているという点でしょうか。

かなりの末期肝不全のご遺体になると、何Lもの腹水が腹膜腔に溜まっていることがあります。



【尿 [urine]】

"尿"は薬毒物分析で最もポピュラーな試料です。

血中に出た成分は、最終的に腎代謝を受け濃縮されて尿中へ排泄されます。

従って、尿は物質の最終代謝産物が存在していることが多いわけですね。

またこの"尿中濃度"を"血中濃度"と比較することで経時的変化として捉えることもできます。

それでいて、"尿"は皮膚切開や穿刺という侵襲を加えなくとも『カテーテルを使用すれば比較的アクセスしやすい試料である』というメリットもあります。


臨床検査学的な分析としては、臨床医学と同様に法医学でも下記は一般的だと思います。

ミオグロビン尿:"熱中症"や"横紋筋融解症"
ケトン体陽性:ケトアシドーシス
膿尿:尿路感染症
血尿:出血性疾患


貯留尿量が増加する疾患としては、"凍死"や"急性アルコール中毒"などが法医学では有名です。



【関節液 [synovial fluid]】

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文字通り"関節液"は全身の関節包の中にある無色透明・粘稠な液体です。

法医学では主に"膝関節"の"関節液"を指すことが多いと思います。


臨床医学では"関節液"を"滑液"とも呼び、下記が有名です。

炎症性:リウマチ、偽痛風など
化膿性:感染症など
血性:骨折など


法医学においては、近年臨床検査分析や薬毒物分析でも一部で盛んなようです。

他の体液との分析結果を比較することで、関節液分析の有用性を示そうという論文がちらほら出ていますね。

"関節液"も穿刺で比較的簡単にアクセスできますし、膝は穿刺痕も目立たないメリットがあります。

今後もっと研究が進んでいくのでしょう。



【精液 [semen]】

"精液"はやはり法科学分野で有用ですね。(参考記事:「精液検査」)

強姦事案などの被疑者特定の際にDNA型等を調べて証拠として使用されます。

逆に法医学分野ではあまり重要視されることは少ないかも知れません。

かつては「死後の精子運動性」に関連した"超生反応"に関する研究もありましたが、現在ではあまり行われていません。(参考記事:「超生反応」)



以上、今回は法医学で扱う"体液"をみてきました。

個人的な印象としては『"血液"を主軸として、その欠点を"他の体液"で補う』といったイメージですかね。

そして、法医学は一筋縄にはいかないことばかりですから、場合によってはその"血液"だけなく、他の"体液"の結果を踏まえて判断するわけですね。


解剖においても「血液だけ採取する」なんてことは殆どありません。

様々な検査を解剖後に行うため、今回挙げたような種々の"体液"を採取・保存しています。

法医学は総合診断なのです。