ヴィシュネフスキー斑とカーリング潰瘍・クッシング潰瘍

今回は高度のストレス下で起こる解剖所見である

"ヴィシュネフスキー斑"[Wischnewski spots]
"カーリング潰瘍"[Curling's ulcer]
"クッシング潰瘍"[Cushing ulcer]

を取り上げていきたいと思います。


皆さんも「最近ストレスで胃の調子が...」という経験があると思います。

「ストレス性の胃潰瘍・十二指腸潰瘍」という言葉を聞いたことがある人もいるかも知れません。

このように、胃などの消化管はストレスの影響を比較的受けやすい臓器と言えます。


解剖においても、このような消化管の病変から死因(≒ストレス環境)の推定に使用することがあります。

その所見が"ヴィシュネフスキー斑"、"カーリング潰瘍"と"クッシング潰瘍"です。



【ヴィシュネフスキー斑】[Wischnewski spots/flecke]:胃粘膜ヒダ上に出来る黒茶色の多発する出血斑。"寒冷ストレス"による胃粘膜障害。

wischnewski.jpg


【カーリング潰瘍】[Curling's ulcer]:"熱傷ストレス"による粘膜潰瘍。
【クッシング潰瘍】[Cushing ulcer]:"頭部外傷ストレス"による粘膜潰瘍。


ちなみにこれら3つの所見とも、その名前は発見者・報告者の先生の名前から由来しています。

それでは、詳しくみていきましょう。



【ヴィシュネフスキー斑】

stomach.jpg

wischnewski.jpg

Wischnewski_spots_of_the_stomach.jpg
※Wikimedia Commonsより

この"ヴィシュネフスキー斑"は凍死で認められることが多いです。(頻度は凍死の40%以上)

典型例では胃粘膜ヒダの上に1cm弱程度の出血斑が散在性に多発します。

出血斑とは言いますが、色は黒色に近いですね。

胃酸の影響を受けるからでしょうか。


「なぜ凍死に多いのか?」の答えとしては、死ぬほどの寒さストレスによって、ヒスタミン・セロトニンやガストリンといったホルモンが分泌されるためだと言われています。

これらのホルモン分泌によって、

・血管透過性が亢進する
・胃酸が増える (攻撃力上昇)
・胃粘膜が減る (防御力低下)

などの変化が起きて胃粘膜が障害されます。

その他、低体温によって血管収縮が起き、それによって胃粘膜が阻血することも関わっているとも言われます。


後述のように"胃潰瘍"というのは割といろいろなストレスで起きる印象があるのですが、この"ヴィシュネフスキー斑"は何故か凍死(低体温症)に特有なんですよね。("火傷死"でも認められたという症例報告もありますが...)

低体温に関係する何か別の機序が働いている気がします。

"左右心臓血の色調差"とともに、"ヴィシュネフスキー斑"は凍死の死後診断においては重要な所見です。(参考記事:「凍死・低体温症」)



【カーリング潰瘍】【クッシング潰瘍】


この両者は臨床医学でもしばしば耳にする疾患ではないでしょうか。

この2つはどちらも"ストレス性(胃)潰瘍"という形態の点では同じです。

違いはそれぞれのストレスの発生起点です。

"カーリング潰瘍"は熱傷(やけど)が、"クッシング潰瘍"は頭部外傷や脳卒中といった脳へのダメージがストレスとなって胃潰瘍が発生します。


前述の"ヴィシュネフスキー斑"は比較的特異度も高く、これがあれば「凍死かも...?」と疑うことができます。

一方、こちらの潰瘍は単に「ストレス性に出来た胃潰瘍」というだけですし、見た目も一般的な胃潰瘍と変わりはありません。

従って、これだけを以て「火傷死か...?頭部外傷死か...?」というのを判断できるわけではありません。(ただし、胃粘膜を解剖で確認する前の時点で、そもそも熱傷や頭部外傷が明らかに分かっていることが殆ど)

この所見の意味合いの違いは法医実務でも重要かと思います。



今回は、ストレスに関係した解剖所見(特に胃粘膜病変)をみてきました。

皆さんもストレスに弱い消化管には優しくしてあげてくださいね。