『精神疾患を持つご遺体の頭蓋骨は厚い』
法医学者の間でそんな話をよく耳にします。
法医解剖では、脳を含めた頭蓋内所見をみるために原則頭蓋骨を開けます。
その際に「あれっ?頭蓋骨が厚いな。」と気付くわけですね。
今回はそんな「抗精神病薬と頭蓋骨肥厚」を取り上げたいと思います。
↓画像のように特に前頭骨が厚くなっている症例をしばしば経験します。
厚くなる理由は一説によると、『抗精神病薬(向精神薬)、特に"フェニトイン"といった抗けいれん薬の長期内服による影響』と言われています。
抗精神病薬の影響で骨芽細胞(骨を造る細胞)が活性化するそうです。
ですので、冒頭の「精神疾患を持つご遺体の頭蓋骨は厚い」というのは間違いで、
『抗精神病薬を長期で飲んでいたご遺体の頭蓋骨は厚い(ことがある)』というのが正しいですね。
ただフェニトインを内服しているからといって全例で頭蓋骨が厚い訳ではありません。
逆に「頭蓋骨が厚いのに、フェニトインのみならず抗精神病薬を一切飲んでいない」なんて症例にもしばしば出会います。
従って、まだまだ議論の余地のあるテーマだと私は思っています。
頭蓋骨肥厚に影響を与える因子は他にもあります。
例えば性別です。
性差の指摘もされており、女性ホルモンである"エストロゲン"が原因となります。
"エストロゲン"は破骨細胞(骨を壊す細胞)を抑制しています。
それが閉経後、エストロゲンが減少し始めると、抑制のなくなった破骨細胞によって骨が吸収されだして骨量が減ります。
結果として相対的に「閉経前女性では骨肥厚は強い」などの報告もあるようです。
このように、他の因子の影響も考えなければならないため、「単純に抗精神病薬だけの影響で頭蓋骨肥厚が起きているのか?」については、現段階で私には判断しかるところです。
法医学では今回の"頭蓋骨肥厚"のように『法医学者の経験から得られた知識』というのが数多く存在します。
ただ倫理的な問題などから、それらの証明は簡単ではないのが現状です。
そういった"法医学者の経験則"というのを、最新の技術を以て科学的に証明していくのも現代に生きる法医学者の使命なのかも知れませんね。