行動能力

今回は法医学でも一二を争うくらい重要な項目である"行動能力"というものについて書いていきたいと思います。

【行動能力】

皆さんはこの言葉を聞いたことがありますか?

法医学はこの"行動能力"の理解抜きには語れません。

それでいて実はかなり難しいテーマなのです。。



『行動能力』:(特に受傷後などに)自力で何らかの行動・行為ができる能力のこと。

例えば「頭をぶつけた後に歩行することができたのか?」

「出血が始まってから助けを求める猶予もなかったのか?」

こういった"何らかの行動がとれる能力"を指します。


詳しくみていきましょう。



"受傷後の行動能力"というのは法医学ですごく重要です。

"行動能力"があるか?ないか?で、その死亡状況の解釈が変わるからです。

行動能力は比較的温存される外傷なのに、その受傷現場から動くことなく死亡していたら、それは「何かおかしい」ですよね。


・高層ビルから墜落
・列車による轢断
・トラックとの衝突
・巨大な爆発外傷

こういったシチュエーションでは俗に言う"即死"状態ですので、受傷直後から行動能力が無くなることは誰にでもわかるでしょう。


それなら下記ではどうでしょうか。

・2メートルからの墜落
・バイクとの衝突
・自宅火災

受傷直後に行動能力はありますか?ないですか?

あるなら、どれくらいで行動能力が失われますか?

それは、何分ですか?何十分ですか?何時間ですか?何日ですか?何週間ですか?


死亡診断書(死体検案書)にある"死亡までの期間"にも関わってくることがあります。

死亡までの期間.jpg


結論から言うと、この"行動能力"は疾患や病態ごとに機械的に決まるものではありません。

ケースバイケースで法医学医や執刀医が考えなければなりません。

法医学医は毎回毎回考えます。



具体的に"血管からの出血"を挙げてみましょう。

その際、損傷を受けた血管が動脈か?静脈か?によってもその後の経過は大きく変わってきます。

「動脈だったらどこを切ってもすぐに亡くなる」という単純なものではないわけですね。

どの部位の動脈か?
どんな太さの動脈か?
どれくらいの血流量があった動脈か?
側副血行はあるのか?
そもそもの総循環血液量はどれくらいだったのか?

等々、考えることは山ほどあります。


"薬物中毒"も考えてみます。

ドラマや漫画では服用してすぐ「ウッ...」と亡くなることが殆どですが、実際は当然そんなケースばかりではありません。

・どんな薬を?
・どうやって?
・どのくらい?
・どのような状況で?

効果発現が早い薬剤もあれば時間がかかる薬剤もあります。

すぐに意識を失ってしまうものもあれば、まず嘔気・嘔吐の症状から出現し意識は比較的清明であるものもあります。

そして、それも内服量や投与方法によって違ってきたりします。


法医学医は、これらを逐一確認した上で、それを合理的に説明できる必要があるのです。

"行動能力"があるのなら「なぜ行動をとらなかったのか?(とれなかったのか?)」という話になるわけですから。


多くのドラマや漫画において、ここら辺は詳しく書かれていません。(だから「リアリティを感じない」と言う法医学者がいるのでしょう)

ただそんなことを書いていたらキリがないですし、すごい分量になってしまいますし...それは仕方ないと思います。

しかし、実際の法医実務ではこここそがすごく重要なのです!



外傷だけではありません。

"病死"であっても、例えば直接死因の"死亡までの期間"が何日もあるのなら...

遺族にしてみれば、

「その間に見つけていれば助かったのではないか?」
「何も症状を訴えてないのになぜ亡くなったのか?」

そういう気持ちになるかも知れません。

法医学医はそこできちんと説明できなければならないのです。



"行動能力"を考えるにはとりわけ臨床医学の知識が必要になってきます。

「人はどのような経過で亡くなるのか?」

脳出血の患者さんはどのように経過するのか?
心筋梗塞の患者さんは?
肺炎の患者さんは?
肝硬変の患者さんは?

そして「そういった疾患が人にどのような影響を与えるのか?」

これは法医学知識だけでも決して理解し得ません。

法医学の教科書にも書いていません。

実際に臨床現場を自分で見て聞いて考えて学んで...そうやって初めて理解し始めることができるものなのです。

これこそが『法医学医には臨床医学での経験が必須』と言われる所以だと個人的には思っています。



今回は"行動能力"を取り上げました。

"行動能力"については法医学医の間でもかなり議論となります。

こんなチラ裏ブログには書き切れないほどの重厚なテーマなのです。

法医学医の悩みは尽きません...!