『理想的な法医学者とは何か?』
これに関してはいろいろな考え方があると思います。
一般の皆さんにとっては、ドラマや漫画のように「鋭い視点から事件の深層を暴ける法医学者」ということになるんでしょう。
これは、いわゆる"実務者"としての法医学者の側面を表していると言えます。
しかし、当然それ以外の側面が法医学者にはあります。
今回はそんな"理想の法医学者"について、"解剖・研究 + 教育"の3つの視点から書いていきたいと思います。
【(私が考える)理想の法医学者像】
「解剖」→ 解剖経験も豊富で、正しく明確な鑑定を行える。
「研究」→ 研究実績やグランド獲得が豊富で、広い分野で論理的な思考を持つ。
「教育」→ 多くの人に法医学について正確に伝えられる。
「これらのどれが優れているか?」という話ではなく、どれも法医学には必要な存在です。
ただし、若い法医学者にとって「自分はどのような法医学者になりたいか?」というのを考えるのはすごく良いことだと私は思っています。
全てを満たすオールラウンダーな法医学者を目指すのもよし
特定の側面に特化した法医学者を目指すのもよし
いろいろな法医学像をイメージしつつ勉学に励んでいきたいものですね。
詳しくみていきましょう。
・解剖経験も豊富で、正しく明確な鑑定を行える。
これは皆さんにもイメージしやすいところかと思います。
法医学医に限っていうと、その最大の任務は一般のイメージする「解剖を行うこと」ではなく『鑑定を行うこと』です。
解剖を含めた様々なツールを駆使して『いかに正しい鑑定を行うか?』というのが法医学者の至上命令ですね。
当然ですが、解剖を殆ど経験したことがない法医学医が難しい鑑定を行うのは大変だと思います。
ですので、正しい鑑定を行うにはやはり"経験数"は必須になります。
結果的にある程度まとまった解剖経験は必要となることでしょう。
ただ「このような"実務的な法医学医"は大学では評価されにくい」という問題点が言われています。(法医学医が問題であるという意ではなく)
『大学は"解剖件数"というのをあまり評価しない』
後述の"研究実績"は比較的大学も評価してくれますが、"解剖件数"はそうではないようです。
「解剖症例が多いです!」といっても大学は「ふーん...」といった感じなわけです。
"解剖"では、臨床における診療報酬のように大学の収入になるわけではありません。
そういった理由もあるのだと思います。
確かに全国で警察をはじめとする社会の要請を受け、多くの解剖を担っている奇特な法医学者がいます。
そういった法医学者が適切に評価される世の中が求められています。
この実務者としての法医学者(医)像をお持ちの方は、ハイボリュームな法医学教室を選択すべきと言えます。
法医学教室によっては、年間の解剖数が限られているところもあります。
「解剖を多く経験したい」と思っている方にとっては、そういった法医学教室はあまり向いていないかも知れません。
ですので、年間解剖数や、その解剖数に対する教員・大学院生の数(→解剖数が多くても教員等が多ければ経験数は少なくなってしまう)は確認しておいた方が良いと思います。
・研究実績やグランド獲得が豊富で、広い分野で論理的な思考を持つ。
こちらは「"研究者"として優れた法医学者」ですね。
日々法医実務や教育の傍ら、研究にもいそしみ結果を出している法医学者ですね。
法医学と一言で言っても、多くの専門分野があります。(参考記事:「法医学の専門分野」)
それぞれの分野において、多くの法医学者が最先端の研究を行っているわけですね。
法医学は"応用医学"(→基礎医学の内容を現場で適用する医学)です。
従って、基礎医学(≒研究)の知識も必須になります。
前項の"法医実務者としての優れた法医学者"になろうと思えば、必然的に基礎医学を理解している必要があります。
そして逆に"優れた研究者としての法医学者"になろうと思えば、法医実務のことも当然理解していなければなりません。
私自身は個人的な信念として「研究結果は最終的に法医実務に還元されるべきだ」と思っています。
そのためには、
「法医実務上では何が問題となっているのか?」
「その研究結果がどのように法医実務に活かされるのか?」
というのを念頭に置いて研究をやっています。
もちろん自分の生きている間に活かされず、今現在必要性とされない研究であっても、後年に日の目を見る可能性はあるため、一概には言えませんけどね。
それもあって「研究は意味があるか?ないか?というのを考えてやるべきではない」という意見もありますが、
私は少なくとも研究費をもらって行っている研究に関しては、研究を始める段階で少しは実務応用についても頭を過ぎるべきだと思います。
さて、大学からの評価においては「研究は最も評価されやすい側面」と言えます。
例えば、法医学の教授となるには、対外的にはやはり研究結果で評価されるようです。
前述の解剖件数はあまり評価されません。
そういうインセンティブは副次的にあるかも知れませんね。
研究をするためには、そのための設備や指導者が必要です。
ですので、こういった法医学者を目指している方は、きちんとその法医学教室の研究実績や教員の研究内容・雰囲気を確認し、「自分がしたいと思う研究が現実的にできるのか?」というのをきちんと見定めるべきです。
・多くの人に法医学について正確に伝えられる。
最後は少しイメージしにくいかも知れません。"教育"ですね。
"教育"というと「医学生への教育」を想像されるかと思いますが、医学生だけではなく、教室で学ぶ"大学院生"への教育もそうですし、
"法医学に関する世の中への発信"という意味も広く"教育"と言えるかも知れませんね。
先に挙げた"実務者"や"研究者"として優れた法医学者が"教育者"としても優れているとも限りません。
その逆も然りです。
ですが、"教育者"として優れている法医学者はある程度実務も研究もしっかりされている印象はあります。
ただもちろんそういった知識も必要になってくるとは思いますが、最終的にはその"人となり"や性格なんかも重要になってくる気がしますね。
昨今は「法医学者不足」が大きな問題となっています。
これには"志願者不足"だけではなく"ポスト不足"といった問題も複雑に絡み合っていますが、
その数少ない機会を拾い上げる"教育者"も法医学において重要な役目だとも言えるでしょう。
実際に"優れた教育者"の下には優れた若手法医学者が多いような気がしますし。
ですので、この項目に関してはなかなか客観的に知ることは難しいですが、実際にその指導者と話したりするとすぐに分かるとは思います。
もしかすると、若手法医学者にとっては1番現実的に重要なところかと思いますので、ここはきちんと見定めることを私はおすすめします。
以上、3つの項目に分けてみてきました。
冒頭にも書いたように、この3つのどれが1番重要か?優れているか?という次元の話ではありません。
この業界にいると、しばしば「○○のところは解剖が少ない」「○○は研究を殆どやっていない」なんて噂話も耳にすることがあります。
しかし、法医学はそういうものではない気が私はするんですよね。
そして、解剖ばっかりしていてもいけませんし、研究ばっかりでもいけません。
そこのバランス感覚も必要とされているのかな?と感じます。
実際私は欲張りなので「どれも平均的にこなしたい」と思っています。
しかし、この"バランス感覚"を見失うと、結局「どれも中途半端で駄目だ」ということになっちゃいます。(そこに私はまだ反論できません...苦笑)
結局のところ、どれかに優劣をつけてしまう(→どれかを下に見る)のではなく、
それぞれの重要性を尊重しつつ、自分が法医学に関して最大限のできる貢献を重ねていくだけではないかと私は信じています!