今回は"病死"について取り上げたいと思います。
ここでの"病死"とは「身体の内部が原因となった死(=内因死)」とします。
結論から先に...我々法医学者で扱うご遺体の"病死因"としてよく?挙げられる疾患名を下記に列挙しました。
<循環器疾患>
・虚血性心疾患
急性虚血性心疾患(急性心筋梗塞・急性冠症候群)
冠状動脈硬化症
冠動脈攣縮
慢性虚血性心疾患
・弁膜症
大動脈弁狭窄症
僧帽弁閉鎖不全症
・心筋症
肥大型心筋症
拡張型心筋症
拘束型心筋症
不整脈原性右室心筋症
アルコール性心筋症
・高血圧性心疾患
・心筋炎
・感染性心内膜炎
・心サルコイドーシス
・脚気心
・致死的不整脈
torsades de pointes
ブルガタ症候群
QT延長症候群
・心臓振盪
・大動脈解離
Marfan症候群
・大動脈瘤破裂
・肺塞栓症(肺動脈血栓塞栓症)
・高安動脈炎
・ベーチェット病
・心奇形
・川崎病(冠動脈炎、冠動脈瘤)
・冠動脈起始異常
左冠動脈肺動脈起始症
単冠動脈症
・冠動脈解離
<神経疾患・筋疾患>
・脳血管障害
脳出血
くも膜下出血
脳梗塞
脳動脈解離
脳動静脈奇形(AVM)
・脳腫瘍(転移性も含む)
・てんかん
・脳炎
・髄膜炎
・ウェルニッケ脳症
・ペラグラ脳症
・筋ジストロフィー
・悪性症候群
・横紋筋融解症
<呼吸器疾患>
・感染性肺炎
細菌性肺炎(誤嚥性肺炎を含む)
ウイルス性肺炎
真菌性肺炎
・間質性肺炎
・肺結核
・肺癌
・急性喉頭蓋炎、急性喉頭気管炎、扁桃周囲炎
・咽頭膿瘍
・気管支喘息
・慢性閉塞性肺疾患(びまん性汎細気管支炎・慢性肺気腫)
・肺高血圧症
<消化器疾患>
・上部消化管出血
食道静脈瘤破裂
マロリーワイス症候群
胃・十二指腸潰瘍
・肝障害
アルコール性肝障害
ウイルス性肝障害
・肝細胞癌
・肝膿瘍
・膵炎
・腸閉塞
・腹膜炎
・腸間膜動脈閉塞症
・脾動脈瘤破裂
・腸管憩室穿孔
<泌尿器疾患>
・尿路感染症
腎盂腎炎
腎膿瘍
・慢性腎不全
糖尿病性腎症
腎硬化症・高血圧性腎症
<妊娠・分娩関連疾患>
・子宮外妊娠
・頚管裂傷
・妊娠中毒症
・子宮破裂
・羊水塞栓
<内分泌・代謝疾患>
・糖尿病
ケトアシドーシス、ケトーシス
高血糖高浸透圧症候群
・甲状腺クリーゼ、甲状腺中毒症
バセドウ病
慢性甲状腺炎(橋本病)
・クッシング症候群(副腎皮質腺腫を含む)
・アジソン病
・下垂体腺腫
<合併症>
・敗血症
・播種性血管内凝固症候群(DIC)
・Waterhouse-Friderichsen 症候群
教科書等も参考にしつつ各臓器別に満遍なく挙げてみましたが、もちろん全てを記載したわけではありません。
これ以外にも"病死因"は当然存在しますので、その点はご理解ください。
また各疾患の詳細に関しては成書をご確認ください。
"病死"の対義語は"外因死"です。
具体的に言うと...
・外傷死
・薬物中毒死
・焼死
・溺死
こういった死が"外因死"の例として挙げられます。
そう言われると、確かに"外因死"は「犯罪に関与していそう」ですね。
"法医学"といえば、世間的にはこの【外因死】のイメージがやはり強いでしょう。
我々法医学医は"犯罪に関連するご遺体"に対して日頃から"司法解剖"を行っています。
それもあって、「法医学 → 司法解剖 → 犯罪・事件 → 外因死」という印象がまだまだあるのでしょうか。
逆に、一般的に"病死"は「犯罪が関係してなさそう」とも思われています。
それなら、法医学者はそういった病死の解剖は経験しないのでしょうか?
答えは当然 No です。
『一見"外因死"と思われていたが、解剖してみると"病死"だった (...and vice versa)』ということは法医学者として少なからず経験しますし、
そもそも日本における死因の多くは"病死"ですからね。
東京都監察医務院で扱うご遺体の約7割が"病死"です。
監察医制度はそもそも「事件性のないご遺体」を扱うため、各大学法医学教室で扱うご遺体ではもっと外因死の割合は高いとは思いますが、それでも当然ゼロではありません。
また近年は"死因身元調査法解剖"(以下、"調査法解剖")という種の解剖が始まりました。
この"調査法解剖"は、犯罪捜査を念頭に置いた"司法解剖"とは違い、『犯罪が関係していなくても死因を明らかにするために解剖を実施できる』というものです。
従って、今後きちんとこの"調査法解剖"が増えてくれば、必然的に"病死"(特に"内因性急死")の解剖が増えるはずです。
しかし、解剖を行ったとしても、"病死"の死後診断は実際のところそんな簡単ではないのです...。
『病死の判断の難しさ』には下記のようなものがあります。
・病死因が多い (↑リスト参照)
・各疾患概念を理解していなければならない
・"死ぬ程度"の判断が難しい
・各疾患や病態がオーバーラップしていることも多い
・"外因性"と区別が難しいこともある
・臨床経過が得られないことが多い
・判断材料が死後変化の影響を受けるものも多い
まずそもそもの"病名"がかなり多いです。
乱暴に言えば、どんな病気であれ重症化すれば亡くなる可能性があるわけですから、見方によっては「病気の数=病死因の数」と言っても良いでしょう。
それらの病気がまず存在すること、そしてその病気ががどのような症状・病態を起こし死に至るか?というのを法医学者が知っていなければその病死因の判断はできません。(病気は疑うことから始まる)
なおかつ、これは病死に限った話ではありませんが、"死ぬ程度"つまり「その病気がどのくらいの程度であれば死んでしまうのか?」という判断は極めて難しいです。
例えば、『両肺に広がる重度の肺炎で死にそう』『片肺に限局する軽度な肺炎では死ななさそう』ということは理解できても、その間の程度ならどうなのでしょうか?
もっと言えば、どの程度の肺炎なら死ぬのでしょうか?
こういった「病気の程度と死亡」は一概に言えず、各症例でその他の背景も含めて総合的に判断せざるを得ません。
病態がオーバーラップすることもあります。
例えば、大動脈弁狭窄症があれば、
・循環不全による虚血
・心肥大からの不整脈
・肺水腫による呼吸不全
が起こることもありますし、時にはこれらが併存していることもあります。
"虚血"は冠状動脈硬化症だけで起こるものではないですし、"呼吸不全"も肺炎だけで起こるものではないということは言うまでもありません。
そういう意味では、"虚血"や"呼吸不全"といった所見を認めても、それが何によって引き起こされたのか?を考えていくのは簡単ではないということが皆さんにも分かると思います。
"脳出血"や"大動脈解離"などの一部疾患では、まれに外因性との鑑別が難しいこともあります。
また臨床医学においては殆どの場合"臨床経過"(どんな症状が?どのような経過で出現し変化・進行してきたか?)というのを知れることが殆どかと思いますが、法医学はそうはいかないことも多いですよね。
ですので、法医学医は解剖所見等から推察していくわけなのですが、その所見すらも死後変化の影響を受けるため、判断に困ることも少なくないのです。
以上の理由などから、"病死"の死後診断は難しいです。
ある意味で『病死の死後診断は外因死よりも難しい』と私は感じています。
また、そもそも冒頭にあった「病死には犯罪が関係していなさそう」というのも、厳密にはケースバイケースではないか?と思うこともあります。
例えば、"不整脈死"であっても、その背景として"精神的ストレス"が関与していると強く考えられるケースは、純粋な"病死"として良いものなのか?
もっと極端に、その精神的ストレスが他人に与えられたものであったのなら、それはある意味で"他殺"(→非内因性、つまり"外因死")という考え方もできるのではないでしょうか。(※これを"心因性"として外因性と区別することもあります)
一部に見られる「病死=非犯罪死」という安直な思考に関しては、私個人としては疑問を覚えます。
そのような難しい"病死の死後診断"を助けてくれるのが、法医学者にとって"臨床経験"だと思うんです。
臨床現場での経験を通して、病気について身を以て知り、そしてそれを法医学に活かす...。
だからこそ、せめて研修医2年間だけでも、臨床医学は経験すべきだと思いますね。
そういう意味で、個人的には大学院生さんなどはむしろ臨床系アルバイトを積極的にやって良いのでは?とも思っています。
途中でも書いたように、人の死の殆どが病死です。
死因究明に携わる医師として、"病死の死後診断"は社会的責務とも言えるでしょう。
"外因死"だけでなく、"病死"であってもより正確な診断を目指していきたいものです。