法医解剖では何をするのか? −法医解剖の流れ−

皆さんの中にも、身内が解剖となった方がいらっしゃるかも知れません。

「解剖って、身体を開いて病気の有無などを観察するんだよな...。」

そんな漠然としたイメージはあっても、実際のところ「具体的に何をするのか?」まで、きちんと知っている人は少ないのではないでしょうか。

重要なことなのに、ネットを調べてもここを詳しく説明した記載はありません。

そこで今回は「実際の法医解剖では何をしているのか?」について書いていきたいと思います。


まず始めに概要のまとめを↓に提示しておきます。

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これらの項目について、細かくみていきます。


※ここでの"法医解剖"とは、司法解剖・行政解剖・調査法解剖の3つを指しています。



◎遺族の同意



病理解剖とは違い、"法医解剖"(司法解剖・行政解剖・調査法解剖)では、遺族から同意を取得する必要はありません。

つまり『遺族が反対したとしても、法医解剖は行われ得る』ということです。

ただし、法医解剖の中でも、"行政解剖"に関しては、あえて遺族からきちんと同意を取得し、「解剖承諾が得られない場合は解剖しない」という運用をしている地域もあるようです。



◎所要時間



基本的に解剖に掛かる時間だけで言えば、『解剖の所要時間は"数時間"(≒ 2~4時間)』といったところです。

これに加え、準備時間やご遺体の搬入・搬出などの作業もあるので、実際にご遺体をお返しするには+1~2時間程度は掛かってくると思います。

解剖所見は最終的に全てを文字化するため、特に外傷(キズなど)が多かったりすると、外表の所見を取るだけで何時間も掛かります。

場合によっては、最終的に半日以上も掛かったり、その日に他にも解剖があったりして解剖の開始がずれ込むと、夜中まで解剖が終わらないこともごく稀にはあります。



◎解剖内容



上でも触れたように、全例でまずは検案(外表観察)から始まります。

全ての衣服を脱衣させ、全身の皮膚所見やキズなどを細かく見て所見を取り、写真と共に記録していきます。

身長・体重から始まり、栄養状態、生殖器性別の確認、髪の毛の長さ、歯科所見、治療痕・手術痕の有無など事細かにみていきます。

有名な"死後硬直"や"死斑"、眼瞼結膜の"溢血点"などもこの時点で観察します。

何もなければ、30分程度で終わります。

しかし、キズの位置・大きさ・深さ・性状といった詳細を全てのキズに対して行うので、キズがある場合は前述のように多くの時間が掛かることもあります。


法医解剖(内腔観察)では、"三腔開検"が原則となります。

"三腔"...つまり、頭蓋腔・胸腔・腹腔です。

病理解剖では、頭蓋腔は開けない(脳の観察は行わない)ことも多いですが、法医解剖では基本的に全例で脳の観察まで行います。


三腔開検をした上で、体内の全臓器を体外に一度取り出し、ひとつひとつの大きさや重さを計ります。(参考記事:「解剖術式」)

全ての臓器にナイフで割を入れ、内部に異常所見が無いかまで確認します。

ここでも所見を文字化すると共に、忘れずに写真でも記録を行っていきます。

そして、後日の顕微鏡検査のために、各臓器の一部をホルマリン保存用に採取します。

残りの臓器は、きちんとご遺体の中にお返しします。

ホルマリン保存された臓器の保存期間は各法医学教室の規定によります。

一定期間経てば、規定の手順に則って荼毘に付す場合が多いと思います。

遺族からの希望があれば、保管していた臓器を遺族へ返還できることもあります。


上記の通り、解剖では内部を観察するためにメスで皮膚を切開します。

そのため、どうしても切開創が出来てしまいます。

頭部は下のように、左右の耳後部の付近から〜頭頂部にかけてアーチ状の傷となります。

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胸腹部はY字に切開するパターンと、I字に切開するパターンがあります。
(※どのような皮膚切開になるか?は教室や執刀医によって異なります)

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解剖後には切開創を糸で縫合し、その上から目立たないようにテープを貼っている施設が多いと思います。

時に遺体の損傷が激しい場合(→ 腐敗が高度に進行している場合や、外傷が激しすぎて縫合による修復ではどうしようもない場合)には、包帯を用いてご遺体の処置を行うこともあります。



◎結果までの期間



解剖が終わっても、基本的に死因の判断はその場ではできません。

解剖後も顕微鏡検査や血液検査、薬毒物検査などを実施し、全ての結果が出揃って初めて死因を判断する段階となります。

これら各種検査が出揃うまで、大体数ヶ月は掛かるのが通常です。

従って、最終的な確定診断は『解剖終了から数ヶ月後』と思ってもらって問題はないと思います。

遺伝子検査や一部特殊な薬毒物検査になってくると、半年ほど掛かることもあります。

ただ、場合によっては、解剖直後に肉眼所見だけを以てひとまずの解剖結果を遺族に説明する場合もあります。

それでも最終的な判断はあくまで数ヶ月後の確定診断になるので、後になって(解剖直後の)最初の説明とは違った結果となる可能性もゼロではないことは理解していてほしいです。


以上が、ご遺族さんにとっての法医解剖の流れです。

本来はここから、警察向けの"鑑定書"ないし"報告書"の作成があるので、更に数日〜数週間程度の期間が掛かってきます。



大体のイメージは掴めたでしょうか。

冒頭にも書いたように、この理解は遺族にとって重要なはずなのに、おざなりになってしまっている現実があるように感じます...。

本文にもあるように、法医解剖は遺族の同意は不要です。

だからこそ、きちんと遺族に理解してもらった上で解剖が行われることが必須だと私は考えます。

今回の記事が何か理解の役に立てば幸いです。