『骨は知っている 声なき死者の物語』レビュー

2022年7月15日発売 [2400円+税] 亜紀書房 (出版社URL)

『骨は知っている 声なき死者の物語』四六判 全384頁 (著者:スー・ブラック、訳:宮﨑真紀)

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刻まれた傷跡と隠された死因。
死してなお語りつづける骨たちの声に耳を澄ます──。

DNA鑑定も利かないとき、「骨」の分析は最後の砦。
解剖学・法人類学の世界的権威が冷静な筆致で解き明かす、人体の不思議とそれを支える骨に秘められた多様性とは?
生々しい犯罪捜査の実録譚も収録した迫真のドキュメント。

《頭蓋骨~足先のあらゆる骨片から遺体の身元と人生の物語を読み解く、スリリングな知的エンターテインメント》


本書はみなさんを、人体を巡る旅にお連れする。
人の人生や経験がいかに骨に書き込まれているか。
その物語を科学の力でどんなふうに明らかにするか。
そこではきっと、驚くような事実に出合えるだろう。
まさに、事実は小説より奇なり。(出版社サイトより)


スー・ブラック(SUE BLACK)
1961年スコットランド・インヴァネス生まれ。法人類学者、解剖学者の世界的権威。アヴァディーン大学で解剖学の博士号を取得後、ロンドンのセント・トーマス病院で法人類学者としてのキャリアをスタート。警察の犯罪捜査に協力する傍ら、英国法医学チームの主任としてコソボ紛争での戦争犯罪調査やスマトラ島沖地震の津波による死者の身元特定等にも尽力。ダンディー大学の解剖学・法人類学教授として2018年まで教鞭を執り、現在はランカスター大学副学長代理、英国王立人類学協会会長。2022年オックスフォード大学セント・ジョンズ・カレッジ学長に就任予定。
BBC制作のドキュメンタリー番組にも出演し、前著『All That Remains(唯一遺されたもの)』(未邦訳)はサンデータイムズ・ベストセラーに。大英帝国勲章はじめ受賞歴多数。

宮﨑 真紀(みやざき・まき)
英米文学・スペイン語文学翻訳家。東京外国語大学外国語学部スペイン語学科卒。主な訳書に、スザンナ・キャハラン『なりすまし 正気と狂気を揺るがす、精神病院潜入実験』、マイケル・ポーラン『幻覚剤は役に立つのか』(以上、亜紀書房)、カルメン・モラ『花嫁殺し』(ハーパーコリンズ・ジャパン)、ガブリ・ローデナス『おばあちゃん、青い自転車で世界に出逢う』(小学館)、メアリー・ビアード『舌を抜かれる女たち』、ジョルジャ・リープ『プロジェクト・ファザーフッド アメリカで最も凶悪な街で「父」になること』(以上、晶文社)など多数。



イギリスの法人類学者である"スー・ブラック"先生が書かれた著書の訳本です。
※法人類学:主に白骨等を扱う法科学の一領域。(参考記事:「法人類学」)

"法人類学"という一分野がメインの本にも関わらず、かなりの重厚でボリューミーな1冊でした。


失礼ながら、私はブラック先生を存じ上げていなかったのですが、法人類学者として世界的に著名な先生のようです。

その豊富な経験と知識、そしてブラック先生のユーモラスな人柄がにじみ出た内容になっています。

骨の部位別に章立てられており、その文章構成も大変興味深かったですね。


大筋の流れとしては、よくある"法医学者本"のような、

「実際に著者が経験した事例を元に、法人類学の仕事や現実を紹介する」

といった内容ではあります。

とは言え、日本ではまだまだ馴染みのない"法人類学"の専門家ですから、一般的な法医学に関する著作とは一味も二味も違った印象を受けました。


そもそもイギリスでは「法人類学者=研究者(兼実務者)」といった認識のようですね。

"法人類学者"に医師免許こそ与えられていないものの、学会(協会)の資格を得る必要があるほど、大変レベルの高い職業です。

骨や歯といった硬組織の調査を通して、実際に死因を判断する法医病理医(法病理医)のサポートを行います。

実際に警察からの依頼を受け、"法人類学"の専門家として多くの助言を行っている様子が文中にも多く描かれています。

それに留まらず、本の中では、身元特定から法医臨床学(虐待)など、幅広い周辺知識にも言及しており、著者の知識深さが窺い知れます。


著者は仕事の中で、

①その遺骸は人間のものか?
②その遺体が捜査するに値するものか?
③その人物は誰か?
④法人類学者は、何が力になれるのか?

これら4つを常に念頭に置いて業務に当たっているそうです。


「人間の身体は嘘をつかないが、専門家がきちんと対応しなければ真実を語ってくれない。」

「法人類学者の仕事は誰かの人生の物語を作り出すことではなく、骨組織に記録された物語を見つけ出して理解することである。」

といったような言葉からも分かるように、著者は"とてもスマートな常識人"のようです。

自分の言葉の、どこからが"推論"でどこからが"憶測"か?というのをきちんと理解した上で発言されており、

法医学の仕事で強く求められる"客観性"に大変長けた先生とお見受けしました。(だからこそ、世界的に高名な先生なのでしょうが)

その裏には、それには天性の才能だけでなく、過去の辛い経験も礎になっていることも描かれています。


また最後の章では、法人類学者として、

「(私たちは)大事なスキルを失ってしまっている」

「最新式の技術が必ずしも答えを出してくれるとは限らない」

と、最近台頭してきた"DNA技術"に対して警鐘を鳴らしているのが印象的でした。


その他にも、実際に法医学に携わる私にとっても「へー!」となる箇所も多かったですね。

それだけブラック先生はやっぱりプロフェッショナルということでしょう。

日本にここまでの法人類学者は果たしているのだろうか...?


ページ数が400pであることもさることながら、文字もそんなに大きくはないですので、かなり読み応えはあります。

挿絵や図解等は一切ないまま、終始文字表現で身体のいろいろな骨が出てきますから、あまり詳しくない方は理解に少し手こずる可能性はあります。

また個人的に苦手なのもありますが、訳本なので外国人独特の言い回しや、現地の有名事件(→日本ではあまり知られていない事件)も出てくるので、文章がスッと入ってきづらいところはあるかも知れません。

しかし、別に急いで読む必要は全くありませんし、内容はとても奥深いので、ゆっくり読んでじっくり理解して読み進めることを強くおすすめしますよ。


法医学者の少ない日本の中で、さらに出会うことの殆どない"法人類学者"の先生が書かれた本です。

興味を持った方には是非一度読んでみていただきたいですね!