第87回医師国家試験 D問題 問3 [87D3]

87D3
59歳の女性.自宅で死亡しているのを発見された.死亡者は不眠のため15年前から毎日5合の日本酒を飲んでいた.5年前からアルコール性肝硬変を指摘され治療を受けていたが,日本酒をかくれて飲み続けていたらしい.死体の周囲に多量の吐血があったが,下血の痕跡は認められなかった.死体の所見:栄養は不良.死斑は軽度.全身の黄疸が目立つ.眼瞼結膜,口唇,口腔粘膜や爪床は蒼白である.血中アルコール濃度は2.5mg/mLであった.犯罪性は認められない.
この死亡者の死体検案書を記載する場合,「死亡の原因」欄の一部のうち最も適切な記載はどれか.

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正答は【e】です。

※この問題では「アイウ...欄」ではなく死体検案書の旧様式の「イロハ...欄」となっていますが、意味合いとしてはほぼ同じです。(参考記事:「検案書の旧様式」)



[e] 正しい。問題文を整理すると「アルコール多飲歴のある肝硬変患者が多量の吐血して亡くなっていた。」ということですね。死斑も弱く全身も蒼白であることから失血による影響が伺われます。これらを素直に考えると『アルコール過飲による肝硬変が元となった食道静脈瘤破裂による失血死』と思われるので、これらが下から上へ順に書かれている[e]が正答でよいでしょう。

[a] 誤り。直接死因(イ)が"吐血"となっていますが、「何故吐血が直接死を引き起こしたのか?」という説明になっていません。吐血によって"失血"して死亡したのか? 吐血を誤嚥して"窒息"して死亡したのか? 吐血を誤嚥して"誤嚥性肺炎"で死亡したのか? ここまで踏み込んでほしいところです。また"吐血"とその下の(ロ)"アルコール過飲"との因果関係、"アルコール過飲"とその下の(ハ)"不眠"の間の因果関係がそれぞれやや飛躍している印象を受けます。

[b] 誤り。確かに「アルコールの過飲で肝障害を来たして肝性昏睡で亡くなった。」と臨床の上では考えなくもありません。ただし今回の問題文からは「肝性昏睡で亡くなった」とは積極的に判断できません。他に死因となりそうな多量の吐血がある以上、あえてこのような死因は通常書かないでしょう。少なくともこの問題文だけの情報から"肝性昏睡"としてしまうのは、検案医として少し"やり過ぎ"な気がします。

[c] 誤り。これは正直、正答以外の中で最も悩ましい選択肢です。「"血中アルコール濃度 2.5mg/mL"は一般的に急性アルコール中毒による致死濃度ではない」と知っていれば何とか切れる選択肢だとは思いますが、知らなければ悩む受験生も多くいることでしょう。その場合は「急性アルコール中毒で亡くなったのであれば、多量の吐血が説明し難い」というところから正答を導き出すのが唯一の方法かも知れません。(とは言え、もちろん急性アルコール中毒と吐血が同時発生した可能性は完全に否定できませんが...) わざわざ血中アルコール濃度の数字を書いてくるところがやらしいですね。。

[d] 誤り。これも[b]と同様に"肝性昏睡"を積極的に判断する所見がないことと、加えて"吐血吸引"(による窒息?)を積極的に疑う所見が問題文にはないので、少し行き過ぎな印象を受けます。「眼瞼結膜に多量の溢血点〜」みたいな文章があればもっと悩んでくるところかと思います。



「死因をどう書きますか?」問題ですね。

おそらく臨床医として考えても最も実務的な問題ですから、王道と言えば王道な問題です。

おそらく各大学の法医学の問題でもよく出題されるテーマなのではないでしょうか。


ですが、結構問題を出す側としては難しい問題だったりします。

その理由は「死因の書き方は一通りではないから」です。


今回の問題で言えば、旧様式(→死因欄はイロハの3つだけ)の影響もあって正答は、

(イ) 出血性ショック
(ロ) 食道静脈瘤破裂
(ハ) アルコール性肝硬変

となっていますが、現在に検案書を書くなら、

(ア) 出血性ショック
(イ) 食道静脈瘤破裂
(ウ) 門脈圧亢進症
(エ) アルコール性肝硬変

と、さらに前後の因果関係をはっきりさせるために"門脈圧亢進症"を入れたりするかも知れません。

ただし「"門脈圧亢進症"を入れないと間違っている」というものでもありません。

"出血性ショック"を"循環血液量減少性ショック"と書く医師がいるかも知れませんし、それも間違いとは言えないと思います。

このように同じご遺体をみても「死亡診断書・死体検案書の書き方が皆一通りになるわけではない」というのが難しいところなのです。


また国家試験的には「問題に書かれていないことは邪推しない」というのが鉄則になります。

例えば、今回の問題文には内服薬の記載は全くありません。

たとえ血中アルコール濃度が致死濃度でなくとも、薬剤との相互作用で薬効が変わり、場合によっては致死的となり得ます。

一応「犯罪性は認めない」とは書かれていますが、そういった薬毒物検査の結果も書かれていません。


もっと言うと、「出血源は本当に食道静脈瘤だったのか?」というのも明確に確認はできてはいません。

「下血はない」との記載から、「消化管潰瘍からの出血は否定的と考えなさい」と暗に示しているのでしょうが、

法医学者としては、きちんと食道静脈瘤を確認してみてから死因病名を付けたいと思ってしまいます。。(解剖で食道静脈瘤を確認するのが難しいことは少なくありませんが)


、、、と野暮なことを書けばいくらでも出てきますが、とにかく「法医学の問題は素直に解きましょう」ということですね。

上記の理由から、もし問題で死因の書き方を出題する場合は、正答以外の選択肢に明らかな誤りを入れざるを得ないですので、そこをキチッと読みこぼさないことが重要です。



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