今回は致死性不整脈に分類される"ブルガダ症候群"と"QT延長症候群"について書いていきたいと思います。
致死性不整脈を起こすと、心臓が適切に拍動できずに血液を全身に送れなくなり突然死してしまいます。
実際のところ致死性不整脈は法医解剖から指摘するのは極めて困難で、究極的には診断に遺伝子検査が必要になってくる難しい疾患群です。
ちなみに致死性不整脈を起こす疾患は今回取り上げるもの以外にも多岐に渡ります。
また"遺伝性不整脈疾患"として上記2疾患以外に"QT 短縮症候群"や"早期再分極症候群"など、突然死の原因として"閉塞性睡眠時無呼吸症候群"や"冠動脈攣縮"などもありますが、今回は取り上げません。
『比較的筋肉質の10〜40代男性が何の前兆もなく夜間急に唸り声を上げて亡くなる。』
これが(特にブルガダ症候群による)致死性不整脈死の典型例です。
具体的な疾患が特定され始めるまでは、かつてその臨床経過から"青壮年急死症候群"や"ポックリ病"とも呼ばれていました。
文字通り青壮年が何の前触れもなくぽっくり亡くなってしまう現象から言われていました。
それが近年遺伝子の研究が進み、この突然死に至る疾患が段々と明らかになってきたというわけです。
①ブルガダ症候群 [Brugada syndrome]
成人の300~1000人に1人がブルガダ症候群の心電図異常を持っているとされます。
原因遺伝子の関係で東アジア人に多く、患者さんの20%程度に家族歴を認めます。
また男性に多く、実に女性の約10倍の頻度です。
好発年齢は30-50歳代と、後述のQT延長症候群に比べるとやや年齢は高めではあります。(とは言え、解剖となるご遺体全体の中では比較的若い)
現在は原因遺伝子がいくつか特定されていますが、最も有名なのが"SCN5A"という遺伝子です。
ブルガダ症候群患者さんの15〜30%でこの遺伝子の変異が指摘されています。
臨床的には心電図検査で"coved型ST上昇"などを確認することで診断に至ります。
また夜間睡眠中や飲酒後などの安静時に発症することが多いと言われます。
②(先天性)QT延長症候群 [Long QT syndrome]
この"QT"というのは、心電図で認める波のうち、最初の下波の始まりから最後の上波の終わりまでの範囲(画像参照)を指しており、この時間が基準よりも長くなってしまう疾患のことです。
最終的に"Torsades de Pointes"などの致死的な不整脈を起こし突然死を引き起こします。
この疾患は前述のブルガダ症候群に比べると幅広い年齢で認められますが、初発年齢としては特に学童期から思春期の発症が多いとされます。
有病率は1000~2000人に1人程度と言われています。
QT延長症候群ではホルモンの関係で女性が男性より若干多いとされます。
遺伝の関係で患者さんの過半数が原因遺伝子に変異を持ち、家族歴が重要です。
原因遺伝子は多数見つかっており、その原因遺伝子によってそれぞれ違った臨床症状を呈す様々なタイプに分けられています。
有名な原因不明として
KCNQ1:LQT1
KCNH2:LQT2
SCN5A:LQT3 (※ブルガダ症候群の原因遺伝子でもある)
が挙げられ、これらで90%以上を占めると言われています。
QT延長症候群もやはり心電図検査が重要で、学校の心電図検診で初めて指摘されることもあります。
こちらはタイプにもよりますが、激しい運動時や精神的に興奮時に発症することが多いです。(※安静時に発症しやすいものもあれば、目覚ましの音を契機に発症したり、水泳中に起こりやすいものもあります)
さてこれら両者の不整脈は、それ自体があるとすぐに突然死に至るというものではなく、それらが心室細動などの致死的な不整脈に移行してしまうことが突然死に繋がっています。
ですので、内服加療によって致死的な不整脈に移行するのを防ぐために予防的な内服をしたり、致死的な不整脈が出てもすぐに元の心拍動に復帰できるようICD(植え込みタイプの除細動器)の装着が検討されます。
以上が、臨床医学を含めた内容でした。(※詳しくは成書や日本循環器学会HPをご確認ください)
ここから少し法医学的な側面から話を進めていきたいと思います。
冒頭に書いたように、これら解剖結果のみから致死性不整脈による死亡であると判断するのは困難なのが現実です。
と言うのも、『不整脈は死後に残る所見がない』からです。
非特異的な"急死の所見"があるくらいでしょうか。
なので『不整脈が起こる可能性が高い状態だったか?』という間接的な状況証拠を集めることが重要になってきます。
今回記載したような『遺伝子異常がある』だとか、それ以外にも
・過去に心筋梗塞を起こしている所見があった
・心臓のペースメーカーの役割を担う部位に異常がないか?
・心血管奇形がないか?
とかですね。
またそういった解剖から得られる所見だけではありません。
・過去に不整脈が指摘されていた
・失神歴があった
・家族歴があった
・不整脈を起こしやすくなる薬剤を飲んでいなかったか?
・生前に低体温や高体温がなかったか?
といった解剖以外の情報もとても重要です。
もちろん極論を言ってしまえば、あくまで間接的な状況証拠ですので、そういったあるから『必ず不整脈による死である』もしくは『絶対に不整脈死ではない』と言えるものでもありません。
その所見やデータによっても『どれくらい"不整脈死らしさ"があるのか?』が違ってきます。
例えば、状況にもよりますが「失神歴がある」よりも「特定の遺伝子異常がある」という所見の方が"不整脈死らしい"気もします。
こういうのはなかなか数字には表しにくく、各法医学者の経験を基に責任を持って判断されるところでもあります。
ドラマなどを観すぎてしまうと『法医学は明確ではっきりした分野』だと思いがちです。
確かに、法医学は裁判にも関わってきますし、本来はいつもそう言えるべきだと私自身も思ってはいます。
しかし、実際はそんなファジーな部分も大いにあり、それが法医学の難しさでもあり我々法医学者の腕の見せ所だと感じています。
日々勉強ですね。