"医師の働き方改革"が議論され始めて久しいですね。
日々多忙な"法医学医"にとっても"働き方改革"が進むことが望まれます。
ところが、実際はなかなか思うようには進んでいない印象です。
我々法医学医の中で最も重要な業務のひとつが"法医解剖"です。
解剖で得られた所見から、死因や死亡した時期などを究明していく...とても責任重大な業務です。
「そんな"法医解剖"に、タスクシフト・タスクシェアの余地はあるのか?」という点について今回は考えていきたいと思います。
※この記事における"タスクシフト・タスクシェア"の意味は【医療従事者の合意形成のもとでの業務の移管や共同化すること】と定義し、特段断りがない限り"医師の業務"に関するタスクシフト・タスクシェアを指すこととします。
初っぱなから結論を言うと、『"法医解剖"に関してはタスクシフト・タスクシェアの議論はまだまだ足りていない』です。
ただし"病理解剖"を扱っている病理学会では、ある程度まとまった見解が示されているため、それを引用しつつ"法医解剖"について考えていきます。
まずそもそも働き方改革を進めている厚生労働省は解剖についてどう言っているのか?を見てみます。
令和3年9月30日 医政発0930第16号 [現行制度の下で実施可能な範囲におけるタスク・シフト/シェアの推進について]の 5)臨床検査技師の欄で下記の通りに言っています。
⑭病理解剖
病理解剖に関して必要な知識及び技能を有する臨床検査技師が、死体解剖保存法(昭和24年法律第204号)に基づき、解剖をしようとする地の保健所長の許可を受けて、病理解剖を行うことは可能である。また、臨床検査技師が同法に基づく厚生労働大臣より死体解剖資格の認定を受けている場合は、保健所長の許可を受けることなく、病理解剖を行うことが可能である。なお、臨床検査技師が病理解剖を行う場合において、臨床検査技師が標本の所見を客観的に記述することは可能であるが、当該所見に基づく死亡の原因についての判断については、医師が行う必要がある。
つまり『死体解剖資格を持っている臨床検査技師は病理解剖を行うことができ、客観的に標本の所見を記述することは可能である。』と言っていますね。
読み方によっては「当該臨床検査技師で完結する(作業としての)病理解剖も行われ得る」とも読み取れます。
これに対して、病理学会は下記のような見解を出しています。
(※[「病理解剖」について日本病理学会の見解] より → 全文はこちら)
医師の働き方改革の観点からは、慢性的な病理医の不足や病理診断業務の高度化・拡大等による病理医の負担を解消するため、臨床検査技師へのタスク・シフト/シェアは推進される必要があります。しかし、確たる能力と教育・指導体制の裏付けがないまま、臨床検査技師が単独で病理解剖を実施することは、医療の延長線上にあり、かつ医行為に準じた実施が求められる業務であるという観点からは決して容認するべきではないと考えられることから、病理学会はこれに対して強く警鐘を鳴らします。
もっと具体的に言及している箇所では、
"病理解剖" を実施する際には、医師としての医学的見地から「肉眼所見」に関する記録が求められますが、臨床検査技師が医学的所見に言及することは、責任の範囲を逸脱していると考えます。
とも言っています。
最後のまとめでは『臨床検査技師等の介助、支援は適宜受けるとしても、全てのプロセスを監督する実施主体者として(病理医は)病理解剖に取組むべきであると考えます。」との締め括っています。
要は、「現行以上の病理解剖に関するタスクシフト・タスクシェアに対しては、割と否定的な見解を示している」ように私には思えます。
"合意の上での業務の移管・共同化"というタスクシフト・タスクシェアの意味合いから考えると、"安易な病理解剖業務"はもちろん、当該臨床検査技師が単独で解剖の実施を判断し、主体的に病理解剖を進めていくということは決してあり得ないとは思われます。
しかし、この"合意"や"認識"がなあなあになってしまえば、確かにそのリスクはゼロとは言えません。
病理学会の見解は、そこを危惧してのものなのだと思います。
ここまでは"病理解剖"のお話でした。
それでは"法医解剖"の場合はどうなのでしょうか。
"法医解剖"と"病理解剖"を比べると、"法医解剖"は、
・日常的に行われている
・肉眼所見の比率も高い
・裁判での資料として解剖所見は使われ得る
・解剖実施には嘱託や委託を受ける必要がある (※ただし行政解剖は監察医の判断によって実施できる)
こういった点は"病理解剖"とは違うことを念頭に置いて考える必要があります。
そうすると『"法医解剖"ではより一層医師の責任は重い』と言える気が個人的にはしています。(※決して「病理解剖の責任が軽い」と言っているわけではありません)
つまり、前述の"病理解剖の見解"だけを参考にすれば、『病理解剖以上に"法医解剖"におけるタスクシフト・タスクシェアは慎重になるべきである』ということです。
ただ1番上に挙げたように、比較的日常的に法医解剖は行われています。
法医学医1人あたり法医解剖数は、病理医1人あたりの病理解剖数よりもおそらく多いはずです。(参考記事:「法医学者1人あたりの解剖数」)
それを考えると、法医学医の負担は現実でもかなり大きいのが実際のところです。
従って「"病理医における病理解剖"以上に、"法医解剖"はタスクシフト・タスクシェアが急務な業務である」という見方もできます。
しかし、結局のところ、法医学ではこの議論は足りておらず、これが最も大きな問題だと私は思います。。
以上、今はまだはっきりした結論は言えませんが、"法医学医のタスクシフト・タスクシェア"について考えてきました。
今回は"医師側"の目線からの意見を取り上げました。
しかし、移管・共同化される側である"その他医療関係職種側"から見た視点も当然考えなければいけません。
タスクシフト・タスクシェアには、"医師"と"その他医療関係職種"の両者の同意が必要なのですから。
また、そもそも"タスクシフト・タスクシェア"という概念が生まれた背景には【多忙な医師の労働時間の短縮"】があります。
"タスクシフト・タスクシェア"は、あくまでその"長期労働"の解決法のひとつに過ぎません。
そこは常に念頭に置いた上で、"医師(法医学医)の長時間労働"について今後も議論していく必要があると私は思っています。