今回は"湯傷"を取り上げます。
いわゆる「熱湯によるやけど」のことですね。
皆さんも軽いものは経験があるのではないでしょうか。
"湯傷"は"火炎による熱傷"とは違う点が多々あります。(参考記事:「熱傷」)
これらを理解することで、両者を鑑別していくことが法医実務上では重要となります。
なぜこの"湯傷"がそんなに重要なのか?と言うと、
『児童虐待に関係している場合があるから』です。
近年報道でも虐待に関するニュースが流れたりしますが、皆さんもその中で「熱湯をかけることによる虐待」というワードを聞いたことがあるのではないでしょうか。
熱湯というのは、生活の中で身近かつ危険な物体です。
もちろん不慮の事故でも"湯傷"は起こり得ますが、虐待ではしばしばそれが虐待の道具として選択されてしまいます。
だからこそ、この"湯傷"を判断することが重要になってくるのです。
『湯傷』[scald]:熱湯などの高温の液体による熱傷のこと。
英語の[scald]は"お湯"だけではなく、例えば高温で溶けた金属、気化した蒸気なども含んだ意味だそうです。
日本語での"湯傷"は、特に"熱湯"に限定した表現として使われることが多いようで、今回の記事でもそれに準じます。
詳しくみてきましょう。
"やけど"というのは、高温の物体によって起こります。
一般にイメージされる"やけど"は火炎や熱い金属といった"乾燥物"だと思います。
しかし、実際はその高温物質が乾燥物でも、そして"湿潤物"でもやけどは起こり得ます。
その高温湿潤物の代表格が"熱湯"です。
どの家庭にも給湯器がある現代では、熱湯は生活の中において極めて身近な存在です。
液体というのは時に扱いづらく、熱湯による"やけど事故"もしばしば救急領域でも経験されます。
その一方で、虐待の道具としても使用されることがあり、"湯傷"については法医学でも必須の知識と言えます。
"湯傷"は主に2つタイプに分けられます。
①熱湯に浸かってしまうタイプ
②液体がかかってしまうタイプ
①前者(浸かるタイプ)は、特に下半身で認められることが多いです。
水面に一致した熱傷が起こるため、やけどの境界に水平線が出来ています。
またお尻が底面についている場合などでは、お尻に"湯傷"を免れた箇所がドーナツ型に出来る場合もあります。
その他、四つん這いの状態で熱湯に浸かった場合は、"手袋靴下型"のやけどが出来ます。
②熱湯がかかるタイプの"湯傷"でも、境界明瞭なやけどになります。
しかし、熱湯は重力によって滴るため、それに伴ったやけどになります。
その他の共通する"湯傷"の特徴は以下の通りです。
・基本的に"4度熱傷"(=炭化)は起こらない。
・やけどの境界が比較的はっきりしている。
・衣服があると時に重症化する。
・膝裏や肘屈曲部、鼠径部の皺、殿裂などにはやけどがないこともある。
"湯傷"ではお湯であるため、基本的に炭化は認められません。
液体に接触した部位には熱傷が起こり、接触しなかった部位には起こらないため、火炎による熱傷よりも境界がはっきりしていることが多いです。
火炎による熱傷では衣服がむしろ防護になり得ますが、"湯傷"では衣服に熱湯が染み込んでしまうことで、時に重症化します。
またこれは火炎による熱傷でも言えることですが、膝裏や肘の内側、鼠径部、下腹部、お尻の割れ目などにはお湯が入り込まず、やけどが出来ないこともあります。
以上、"湯傷"の特徴でした。
冒頭にも書いたように、"湯傷"は事故でも虐待でも起こり得ます。
この両者の鑑別をする場合は、慎重に行う必要があるのは言うまでもありません。
検案・解剖所見だけなく、周辺状況や環境といった情報も加味する必要になってきます。
"湯傷"では、法医学者はいろいろな意味で難しい判断を求められるのです。