実際の法医学がドラマと違う点

今回のテーマは『実際の法医学がドラマと違う点』です。

一般の方が法医学をイメージする際、おそらくそのソースは法医学ドラマだったりすることが多いと思います。


私も法医学ドラマが好きでよく観ています。

最近のドラマは割と実際の法医学に準拠している気がしますね。(昔のドラマは...なものもありましたが笑)

ただ法医学者の私からみてみると、やはり実際の法医学と違っている点もまだちょこちょこあるんですよね。

今回はその"違い"をみていこうと思います。



主な違いは以下の通りです。


・そんな毎日事件は起きない
・一定数は高度腐敗の解剖がある
・死因が明確に言えないことも少なくない
・ご遺体は解剖後すぐにご遺族にお渡しする
・再解剖は殆どない
・解剖後にスタッフ総出の死因検討会はない
・事件現場には赴かない
・解剖がある日はそんなにのんびりしていない
・研究や教育もしている
・学生さんをスタッフと同じような扱いはしない
・五月蠅く言ってくる検視官はいない
・鑑識の人と接する機会は殆どない
・葬儀屋さんと接する機会は割とある


数が多いので、それぞれ簡潔に触れてきます。



【そんな毎日事件は起きない】

これは皆さんも分かっているとは思います。

ドラマのように毎週・毎日のように凶悪犯罪によって亡くなったご遺体が運ばれてくるわけではありません。

近年は殺人事件件数が全国で年間1000件程度だそうです。

それ事件で全て被害者が1人とは限りませんが、大雑把に計算してもせいぜい1都道府県で月に1件あるかないか?というところでしょう。(これも都道府県によって大きく変わるでしょうが)

新聞に載るような事案はほぼほぼ解剖になっています。

もちろん全ての犯罪死が新聞に取り上げられているかは分かりませんが、新聞やニュースに掲載されている事件を考えると、その頻度は皆さんにもご理解いただけるのではないでしょうか。


【高度腐敗の解剖は一定数ある】

ドラマにおいては、ほぼ全ての解剖が傷みの少ないご遺体です。

高度腐敗したご遺体の解剖が描写されることは殆どありませんよね。

実際はやはり高度に傷んでしまったご遺体の解剖がしばしばあります。

高度に腐敗したご遺体の解剖も重要ですからね。(参考記事:「高度腐敗の解剖」)

この点はなかなかドラマでは取り上げにくいところかも知れませんね。


【死因が明確に言えないことも少なくない】

これは個人的に私が1番強調したい点ですね。

ドラマの法医学者は自信を持って「死因は〇〇です!」と断言していることがよくあります。

現実はあんなはっきりと死因を断定できることばかりではありません。

やはり悩むんですよね。

私が力及ばずなだけかも知れませんが。

死というのは、様々な状況・環境の中で訪れます。

しかし、そのような"状況・環境"というのは、全てが死に繋がっているわけではありません。

その中から"死に繋がっている状況・環境"をいかに抽出し、そしてそれらをいかに科学的に死と結びつけられるか?

これが法医実務の現実なんですよね。

現実は、ドラマの筋書きのように「結論からストーリーを作る(=全ての状況・環境が死に向かっている)」わけではないのです。

だからこそ、死因の特定というのは簡単ではなく、まして断定することなんて未熟な私にはまだまだできません。

そして、これが果たして経験を積めばできるようになるのか?も本当は分かりません。


【ご遺体は解剖後すぐにご遺族にお渡しする】
【再解剖は殆どない】

法医学教室にも依るのかも知れませんが、少なくとも私の所属する法医学教室では解剖後のご遺体はすぐにご遺族の元にお返ししています。

よくドラマで『解剖後にある手がかりに気づいて再解剖する』なんてシーンがあります。

しかし、よっぽど解剖直後でもない限り、その頃にはもうご遺体はご遺族の元で、場合によってはもう火葬されているかも知れません。

「火葬されてしまうと分からない」というドラマの台詞は私もごもっともだと思います。


【解剖後にスタッフ総出の死因検討会はない】

これも法医学教室に依ってはやっているところもあるのかも知れませんが、私自身は経験したことがありません。

解剖中に警察官さんや助手さんと「ああでもないこうでもない」と口頭で言い合うことはありますよ。

しかし、結局最終的な死因は専ら執刀医が解剖後に独りで悩むことになります。

もちろん教授など他の法医学医に相談したりはするんですけど、日常的に『スタッフ総出でがっつりホワイトボードに要点を書き出して死因を決めていく』というのをしている教室は私自身聞いたことないです。

ドラマ的には様にはなりますけどね。


【事件現場には赴かない】

これはしばしばこのブログでも触れています。(参考記事:「法医学者は現場に行かない」)

本来なら現場に行って実際の状況を見たり、関係者に話を聞いたりできた方が、死因により近づけるとは思います。

ただ現実にはなかなかそうもいかず、結局は警察の方から状況を伝聞で聞くにとどまります。

今後法医学者にも時間的余裕ができたら、これはむしろ是非ドラマのようになってほしいですね。(捜査の邪魔にもなるので現実的には難しいでしょうが)


【解剖がある日はそんなにのんびりしていない】

解剖が入っている日はドタバタです。

解剖前の準備(警察からの事前情報の確認など)はもちろん、解剖後も死因を判断した上で死体検案書などの書類作成を急がなければなりません。

お昼ご飯の時間がずれ込むなんてしょっちゅうあります。

それも「ご遺体をご遺族の元に早くお返しするため」ですね。


【研究や教育もしている】

ドラマを観ていると、法医学者はひたすら解剖ばかりをしているように思えますが、そうではありません。

"研究"や"学生への教育"も行っています。(参考記事:「法医学の三大責務」)

法医学者の"研究"や"教育"にスポットライトを当てたドラマなんてイメージできませんから、この点は仕方のないことなんでしょうね。


【学生さんをスタッフと同じような扱いはしない】

ドラマの中において法医学教室を出入りする学生さんは、さもスタッフと同じようにビシバシ働いてもらっていますが、実際はそんなことはありません。

あくまで学生さんは学生さんなので、"教育"の観点からきっちりと教育になるようなことに限ってしてもらいます。

まかり間違っても事件の推理や警察官と同行なんてことはさせません。


【五月蠅く言ってくる検視官はいない】

ドラマでは法医学者に物言う検視官が数多くいますが、現実の検視官さんはとても丁重な方ばかりです。(警察官も含めて)

悪い意味で"馴れ馴れしい検視官"なんて存在しませんね。

言葉遣いも必ず敬語を使ってくれますし(当然我々も)、「何で死因は〇〇じゃないんだ!?」なんて言ってくることもありません。

お互いに尊重し合って共に死因究明に努めているのです。


【鑑識の人と接する機会は殆どない】

前述のように我々法医学者は現場には行きませんので、現場で活動されている鑑識の方々にお会いする機会は殆どありません。

もっと厳密に「現場で活動している鑑識の方々にお会いする機会は殆どない」と言った方が良いかも知れませんね。

我々法医学者は"死因究明"がメインであり直接"捜査"に関わることはありませんので、捜査の最前線である"鑑識"と接点が乏しいのだと思います。


【葬儀屋さんと接する機会は割とある】

鑑識の方々とは対照的に、葬儀屋さんとは接する機会が多いです。

前述のように、解剖後のご遺体は原則としてご遺族の元にお返しいたします。(※引き取り人がいる場合)

そこで葬儀屋さんがご遺体をご自宅に帰してくれます。

その際に法医学者は葬儀屋さんとの接点があるのです。

円滑な法医学教室運営には、教室スタッフや警察だけでなく、こういった葬儀屋さんの活躍も欠かせないということですね。



以上「ドラマとの"違い"」でした。


逆に、ドラマと同様に「実務でもやっている!」と個人的に思っていることもチラッと挙げますと、、、

【"合掌"と「お願いします」はやる】;私は合掌後「お願いします」と言ってから解剖を始めています。

【解剖時の服装は結構合っている】;最近のドラマは見てくれもかなり現実に則している印象があります。(参考記事:「解剖時の服装」)

【教室の雰囲気は和気あいあいしている】;暗いイメージがあるかも知れませんが、実際の法医学教室でもドラマのように和気あいあいしていますよ!


重箱の隅をつつこうと思えば"現実と違う点"なんていくらでも出てきますよね。

それをいちいち指摘して「観てられない」と思うのはすごく勿体ない気がします。

むしろこういった"現実との違い"こそがドラマのスパイスになって、法医学者にとっても視聴して楽しいと私は感じるんですけどね。

私は今後の法医学ドラマを楽しみに期待したいと思います!