世界の解剖率

前回の記事"日本の解剖率"に引き続き、今回は"世界の解剖率"について書いていきたいと思います。

果たして日本の解剖率は世界の解剖率に比べて本当に低いのか?

これを見ていきましょう。

前回書きましたが、解剖率には2種類あって分母が違います(①全死亡者 ②警察取扱死体)ので、その点も注意して記載していきます。



警察庁からのデータ(2009年)がありましたので載せます。

autopsy_matome.png

autopsy_2009.png

赤枠で囲んだところが、それぞれ各国の①全死亡者 ②異状死体比です。


アメリカ:①9.2% ②12.5% → ①9.5% ②19% @2018年
イギリス:①21.1% ②45.8% → ①18.6% ②41.4% @2013年
ドイツ:①5.8% ②19.3%
スウェーデン:①5.9% ②89.1% → ①6%弱 @2019年?
フィンランド:①24.4% ②78.2% → ①16% @2015年
オーストラリア:①7.6% ②53.5% → ①7.0% @2020年

日本:①1.4% ②11.8% @2020年


チラッと調べて、より新しいデータがあったものを右に併記しました。

一見すると解剖率が上がっているところもあれば下がっているところもありますが、近年という意味ではどの国も下がっている印象でしょうか?
(※さらに最近はCovid-19の関係で傾向が違っているかもしれません)



さて、これら諸外国に比べると日本の解剖率は、、、やはり相対的には低いと言わざるを得ませんね...。

解剖率はその国の制度や運営によって大きく関係してきますので、一概に数字だけで言えるわけではありませんが。



ここまでずっと「①・②と解剖率がある」と話してきましたが、これらは何を意味するのでしょうか。


まず②からみていく方が分かりやすいでしょうか。

こちらは"警察取扱死体"(外国では"異状死体")に対する法医解剖件数でした。

なので『犯罪捜査の観点からみた解剖率がどうか?』という視点になります。


「この数字が低い」=「警察が目をつけているのに解剖されていない」=「犯罪の見逃しがあるかもしれない」という議論になりがちですね。

スウェーデンやフィンランドでは「②が高い」つまり『異状死体と判断したものの多くが解剖されている』ということを表しています。

一方で日本やアメリカは②の数字が低いので『もしかしたら見逃されているご遺体があるのでは...?』という話になってくるわけですね。


ただ解剖率は地域によってかなり数字にばらつきがあり、後述しますが、日本でも熱心に解剖をする地域もあれば、解剖率がなかなか上がらない地域もあります。

ですので、単純に「日本全体で低すぎる!」という議論になるのはもう少し理解が進んでからの方がよい気がします。


取り上げられているアメリカ・ワシントン州キング郡は、解剖率こそ他より低めですが、

全死亡者の74.1%が監察医事務所に届出され
その全例(全死亡者の74.1%)で調査員が現場に派遣・調査され
全死亡者の15.9%が監察医事務所に搬送され
全死亡者の9.2%が実際に解剖される

ということなので、単純に解剖されなかったご遺体が何もされることなく闇の中に消えているわけではないようです。


メディアがよく「日本の解剖率は低い!」と言っている"解剖率"とはこちらの②の解剖率を差していると思います。

『警察が扱ったご遺体はもっと解剖すべきだ』ということです。

これは至極真っ当な意見かも知れません。



続いて戻って①です。

こちらは分かりやすく"全死亡者"に対する"法医解剖件数"でした。

この数字は「低いから悪い、高いから良い」と単純には言えない、と個人的には思います。


この数字が低い場合であっても、それは『本当に解剖すべきご遺体が少ない』からかも知れません。

逆に仮に①が100%だったら、本来解剖しなくても良いご遺体にも解剖を行っていることになります。


ここでポイントになってくるのが"本当に解剖すべきご遺体"とは何か?ということです。

犯罪捜査の観点からすれば、"犯罪が関わる遺体"のみが本来解剖すべきご遺体と言えるかも知れません。

そうなると、極論を言えば②の数字さえ見ていれば十分です。

しかしそれだけでしょうか?

解剖する目的には、犯罪捜査以外もありました。

"公衆衛生的観点"です。

すなわち犯罪が関与していなくても、『究明した死因を以て社会に還元する』という目的です。

そういう意味では、もしかしたら①の数字が高いイギリスやフィンランドは公衆衛生的観点も重視していると言えなくもありません。

まぁ両国は②の数字も高いので、単純に全体の解剖率①も高くなっているだけかも知れませんが...。



ということで、数字だけみると、確かに日本の解剖率は①②ともに低いと言えます。

しかし、本当に増やすべき解剖は何なのか?というのを常に考えなければなりません。


解剖というのはある意味"最高レベルの侵襲的検査"と言えますので、きちんとした目的の下、本当に必要なご遺体に対してのみやるべきものだと私自身は思っています。


単に「解剖率!解剖率!」というのではなく、

・何を目的に
・どのようなご遺体に対して
・どんな方法で解剖を増やし
・どの解剖率を上げるべきなのか

常日頃からしっかりと考える必要があります。


今回も長くなってしまいましたので、『都道府県別の解剖率』は次の記事で書いていきたいと思います。