解剖結果説明で遺族から質問されること

解剖の種類にも依りますが、解剖終了後には原則として遺族へ結果説明を行います。

亡くなったばかりの大切な方の身体をお借りしたわけなので、我々法医学者にはその結果を説明する義務があります。

おろそかにすることは決して許されません。

これは法医学者にとって重要な役目のひとつだと私は思ってます。


私自身も多くの遺族に対して結果説明を行ってきていますが、その中でも遺族からしばしば聞かれる質問をいくつか挙げたいと思います。


・死ぬ際に苦しみましたか?
・もう少し発見が早ければ助かりましたか?
・病院に行っていれば助かりましたか?
・(死因は)遺伝しますか?
・医療ミスですか?


今回挙げるのは上記5つです。

正直な話、上記の殆どが法医学者にとっても分からない場合が多いです。

ですので、あえて遺族を悲しませるような説明の仕方は私はしません。

そういった質問に対する答え方も含め、詳しくみていきます。



『死ぬ際に(故人は)苦しみましたか?』


もしかすると、これが1番よく質問されることかも知れません。

特に発見者が遺族本人である際に聞かれます。


もちろんこれに対する答えは、その死因に依ります。

いわゆる"急死"に分類される死因であれば、

「苦しんだとしても短時間だと思われます。」

と私はご説明することが多いです。


ただ実際は私自身も経験したことはありませんので、「分からない」というのが正確ではあります。

極論を言えば、急死でないからと言って、最期に苦しんだかどうかも分からないわけです。

言葉の選び方には注意します。



『もう少し早く発見していれば助かりましたか?』


これも遺族本人が発見者である場合に、後悔の念からよく質問されます。

これについては、基本的に私は「分かりません」とはっきり答えます。

それは仮定の話を言い出したら何でも言えてしまうからです。


もっと早く発見していれば...死ななかったのでは?
あの時、○○していれば...死ななかったのでは?
あの時、●●しななければ...死ななかったのでは?

これは全部分かりません。不明です。

逆に『◎◎をしても亡くなっていた』という可能性もあるわけですから。

あえて「そうだと思います」とは私は言わないです。



『病院に行っていれば助かりましたか?』


これも前述の質問に似ています。

故人が亡くなる前、電話で体調不良等を遺族に伝えていた場合などに質問されます。

これも仮定の話なので明確に答えることは現実的に難しいですし、はっきりと「Yes」と答える機会はほとんどありません。



『(死因は)遺伝しますか?』


実際に質問されることは多くないのですが、家族や親戚の中に似たような死因で亡くなった方がいらっしゃる場合などに質問されます。

解剖の中で遺伝子検査まですることは少なく、仮にしたとしてもその場では結果が出ません。

従って、解剖直後の説明では明確に答えることは難しいです。

ですが、その時点での解剖結果や診療情報提供書から遺伝性疾患が強く疑われる場合は、

『○○の可能性は高いと思います。』

と原則私はお伝えすることが多いです。


あえて言うべきか?言わないべきか?

これに関しては、法医学者の間でも賛否両論です。


私自身は、せっかくご遺体が教えてくれたのだから、それはきちんと遺族に伝えるべきだという信条でお伝えしています。

ただし安易にお伝えするのではなく、伝えた遺族へ病院での詳しい検査を促したり、その言葉の選び方やタイミング、逆に『言わない方が良いケース』というのも自分の中でしっかりと判断し、責任を持って行動すべきだと思います。

また、ご遺体が赤ちゃんだったりした場合は、遺伝性疾患をお伝えすることに関してより慎重になる必要があります。



『医療ミスですか?』


故人が直前に病院を受診していたり、病院に搬送された場合に聞かれることがあります。

私自身は「これは医療事故だ」と思われるケースに遭遇したことがありませんので、何とも言いがたいですが...。

少なくとも「分かりません」か「(死因から)医療ミスではないと思います」のどちらかしか答えた経験はないですね。

もっと言うと、医療事故かどうか?というのは死因だけで分かりませんし、その医療が提供された状況等も加味しなければ判断できませんので、よっぽどの状況でない限り、その場ではっきりと「そうだと思います」とは言わないでしょうね...。

また解剖前から医療事故が疑われているケースでは殆どが司法解剖なので、司法解剖では捜査の関係上、ご遺族への説明は基本的に行いません。

「そう思います」と言わざるを得ないケースが今後も出てこないことを祈るばかりです。



以上5つでした。


読んでみて分かったと思いますが、正直な話、死ぬ間際のことは解剖を経ても分からないことが多いです。

特に、故人が「どう思っていたのか?」「どう感じていたのか?」という主観的なところは我々法医学者でも知る術はありません。

真実が分かっていれば別ですが、そこをあえて遺族が悲しむような伝え方や言葉を選択する意味はないと思います。


この遺族説明は、結果の説明であると同時に、法医学者による"遺族へのケア"でもあると私は思っています。

突然の身内の死に直面して遺族は深い悲しみの中にいます。

そして、法医学者は遺族にとって、故人の死後、1番最初に会う医療従事者であることも少なくないです。

そんな法医学者の言葉ひとつで、遺族の悲しみが和らいだり、逆により深い悲しみになってしまったりもします。

言葉の選び方・伝え方は遺族と向き合う法医学者にとってとても大事なことです。


今後も私はこのことを忘れずに解剖に携わっていきたいと思います。