臨床現場では日常的に行われている血液検査(採血検査)。
その血液検査の意義は、法医実務の上ではどうなのでしょうか?
亡くなった後に起こる死後変化は血液にも及びます。
このため、検査項目によっては、臨床現場で用いられている"基準値"をそのまま用いることはできません。
今回はそんな"死後血液検査の意義"について書いていきたいと思います。
死後血液の検査項目を解釈するには、以下のような3グループに分けて考える必要があります。
①死後も値が不変な項目
→ e.g.) CRP, PCT, WBC, BUN, Cre, Ca, HbA1c, T-Bil, ChE, TP, Alb, TSH, T3・T4, ケトン体, トリプターゼ, NT-proBNP...
②死後に値が上昇する項目
→ e.g.) K, Lac, Glu, LDH, CK・CK-MB, ミオグロビン, Trop-T/I, AST, ALT, D-dimer...
③死後に値が下降する項目
→ e.g.) Na, Cl, Chol, TG, インスリン...
※↑各項目のグループ分けは絶対的なものではなく、あくまで私見です。
このうち、死後検査として有意義なのは原則として①のパターンです。
死後の変動が比較的少ないため、臨床現場での基準値を法医学でも参考にすることができるというわけです。
②や③は、死後の時間経過とともに変動します。
しかし、その変動幅は経過時間やご遺体の状態・状況によって様々です。
そのため、法医実務上では解釈に難しく、結果としてあまり参考にはできません。
詳しくみていきましょう。
【①死後不変】
死後は細胞・タンパク質が崩壊していきます。
従って、究極的には体内の物質は全て崩壊し、検査機器を用いても検出できなくなります。
ただその中でも、比較的長時間?、死後も崩壊に絶え得るのがこの①"死後不変"グループになります。
感染症 → CRP(C反応性タンパク)、PCT(プロカルシトニン)、WBC(白血球)
腎機能 → BUN(尿素窒素)、Cre(クレアチニン)
糖尿病 → HbA1c(ヘモグロビンA1c)
肝不全 → T-Bil(総ビリルビン)、Alb(アルブミン)
甲状腺機能 → TSH(甲状腺刺激ホルモン)、FT3・FT4(甲状腺ホルモン)
低体温症・低栄養 → ケトン体
アナフィラキシー → トリプターゼ
心不全 → NT-proBNP(ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント)
とは言え、厳密に言うと、どの項目も多かれ少なかれ変動は当然あります。
例えば、「BUN・Creは死後ある程度上昇する」という報告もありますし、逆に「アルブミンは低下する」なども言われます。
また「不変なのであれば、高度に腐敗した遺体の血液も有意義なのか?」と問われると、常識的にもYesとは言い難いですよね。
「どのくらいの死後経過時間なら有用なのか?」
これについては、ここに挙げた各項目で検討されているわけありません。
時間が経つと、そもそも遠心しても血液が分離しない状況にも陥ります。
なので、そういったことを考慮した上で「実際に検査データを解釈する解剖医の判断に委ねられている」というのが実情だと思います。
【②死後上昇】
冒頭にも書いたように、死後変化は血液にも及びます。
特に血液では、赤血球の崩壊="溶血"が大きな影響を与えます。
このグループにある項目の多くが、そのような"溶血による赤血球成分の漏出"によるものです。
その他、心筋や骨格筋、死後の凝血などの影響で血中濃度が上昇する項目も挙げられています。
また死後は血管内から血管外へ水分が拡散していきます。
つまり「血管内の水分が減る→血液は濃縮される」ということですね。
文献によっては、この"血液濃縮"のために「死後のHb(ヘモグロビン)は上昇する」などと書かれているものもあります。
【③死後低下】
ここに分類されるグループは比較的少ないです。
短絡的には基本的に②のような「細胞崩壊に伴う上昇」がメインですが、究極的にはタンパク質は崩壊して検出されなくなります。
従って、ここに挙がる項目は、特にその崩壊・分解や代謝などが極めて早い物質と言えます。
Na(ナトリウム)やCl(クロール)の死後低下に関しては、崩壊・分解や代謝ではありませんが、
『血管内(細胞外)という比較的濃度の高いNa/Clが、細胞内(液)との濃度勾配によって細胞内側へ移動するから』
と私は解釈しています。
ここまで①〜③の3類型に分けて考えてきました。
その上で、「法医実務上で有用なのは①である」と書きました。
しかし、②や③にある項目であっても、例えば、
「死後上昇するはずの項目を検査してみると"低下"していた」
「死後低下するはずの項目を検査してみると"上昇"していた」
のような"逆の解釈"も、場合によっては可能なのではないか?とも考えられます。
実際に②の文末に挙げた"Hb"は「死後のHb低下は生前の貧血と推定できる」とも言われますしね。
ですが、実際のところは、そういった"逆の解釈"はあまり議論されておらず、"順の解釈"が殆どのようです。
"逆の解釈"をするにはいろいろと他の要素・条件や影響も考慮する必要があり、それらを検討し始めると複雑になり過ぎて判断できないからでしょうか...。
また途中にも書きましたが、
「"不変"は何時間・何日まで不変と考えられるのか?」
「"死後変動"は死直後から致命的に起こるのか?」
こういった点も杓子定規にはいきません。
そして、そもそも法医学の中でも"各項目の死後変動"について、明確なコンセンサスのある検査項目はそれほど多くありません。
「検査項目Aは死後不変だ!」と言っている人もいれば「いやいや、検査項目Aは死後に上昇するんだ!」と言う人もいるような項目もあるというわけです。
だからこそ、死後血液検査の解釈は難しいんですよね。
昨今の検査技術の進歩によって、どんどん詳細な分析ができるようになってきていますが、
「その解釈はどうすればよいのか?」
こここそが実務の上では最も重要だと感じます。
一方で、"検出"自体が有用な検査項目もあります。
代表的なのものに"特異抗体・特異抗原"や"薬物"などが挙げられます。
先ほどまで述べてきた項目の殆どは"元来体内に存在する物質"でした。
そのため、最終的には「その値が高いか?低いか?」というのがポイントになります。
そうではなく、"元々体内に存在しない物質"が死後に体内から検出された場合ならどうでしょうか?
この場合は、"検出"という検査結果自体に意義があります。
例えば、B型肝炎ウイルスやHIV、梅毒トレポネーマといった微生物に対する抗原・抗体は、生前に何らかの接触があった場合に検出され得ます。
もしもそれらと全く接触がない場合は検出されないはずです。
従って、死後の検査でこのような抗原や抗体が検出されれば、値に関係なく、その検出自体に意義が出てくるわけです。
違法薬物である"メタンフェタミン"についても考えてみます。
"メタンフェタミン"は本来生体内には存在しないです。
もしそのメタンフェタミンが死後の血液検査で検出されたら...
少なくとも生前に摂取した可能性が高いことは示せますよね。(※死後に他者によって混入された場合を除く)
もちろんここから「"メタンフェタミン"によって死亡したか?」について考察していこうと思えば、「死亡時の血中メタンフェタミン濃度が高かったか?低かったか?」を検討する必要性は出てきます。(法医学の本質的にはここが重要だったりしますが...)
この場合は、先に挙げてきたような、死後の分解や代謝という特性を考えた上で、死後検査結果から死亡時の濃度を推定し、「それが致死濃度か?どうか?」を判断するという複雑な解釈過程を経なければなりません。
何にせよ、「(死後変動を考えるまでもなく)検出されたこと自体に意義がある検査項目もある」ということは覚えていて損はしません。
以上、今回は"死後血液検査の意義"を取り上げました。
実際はなかなか単純にはいかないことも多いですので、個人的にはやはり「解剖所見を主軸に、死後血液検査を補助的に用いる」というのが良いような気がしています。
間違っても『解剖所見をなおざりにして、検査項目だけで死因を判断してしまうようなことがあってはならない』と私は思いますね。