冠危険因子を抱える風呂溺死の検案事例における死因・死因の種類は何か?

世界的に見ても、日本は"風呂溺死"がとても多い国です。

これは日本人の"風呂好き"気質が起因していると言われています。


事件性のない検案事例において、"風呂溺死"に遭遇するケースは実際に多いです。

いわゆる"ヒートショック"などもここに含まれます。(参考記事:「ヒートショック」)


それでは、そういったケースでは、死体検案書の記載(死因や死因の種類など)はどうなるのでしょうか?

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今回はこのテーマを取り上げていきたいと思います。

特に「えっ、そんなの"溺死"なんじゃないの?」と思われる方は、最後までしっかり読んでみてほしいです。



厚生労働省研究の資料の中にちょうどよい例があったので、それを用いて説明していきたいと思います。

事例の概要は下記の通りです。(検案のみ、未解剖事例です)


 90歳の男性。X年1月28日午後11時頃、自宅浴槽内で、顔を湯につけた状態で死亡しているのを妻が発見した。午後9時前に入浴していたが、風呂から出てこないため、不審に思った妻が様子を見に行き発見したという。
 死者は約20年前から高血圧にて投薬を受けている。歩行はやや不自由だが、日常生活には支障なかったという。鼻腔・後腔から細小泡沫が流出する。死後CT検査では頭蓋内の出血はなかった。血液から一酸化炭素ヘモグロビンは検出されない。警察の検視では、犯罪の可能性は否定的である。

 この場合に発行する書類、「死亡の原因」「死因の種類」の記載例は何か?

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結論から言うと、画一的な回答はなく、最終的には個々の検案医の判断に依存します。

同資料の中では、下記の4パターンが例示されています。



パターン1【[直接死因(および原死因):溺死] [Ⅱ欄:高血圧] [死因の種類:④溺死]】
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パターン2【[直接死因:窒息] [原死因:不詳] [Ⅱ欄:高血圧] [死因の種類:⑫不詳の死]】
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パターン3【[直接死因:窒息] [原死因:虚血性心不全(推定)] [Ⅱ欄:高血圧] [死因の種類:①病死及び自然死]】
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パターン4【[直接死因:入浴中の死亡 詳細不明] [Ⅱ欄:高血圧] [死因の種類:⑫不詳の死]】
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※↑これら以外の書き方をしても全く問題はなく、上記の記載法はあくまで例示ということに十分ご留意ください。


ちなみに資料には、解説もありますので先に転載させていただきます。

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それでは、詳しく見ていきましょう。



※事例の概要にもあるように、このケースは「事件性のない風呂溺死」であることを前庭として話を進めていきます。


まずパターン1【死因も死因の種類も"溺死"と判断した場合】です。

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「水(湯)に溺れて窒息死した → 溺死」ということですから、それを単刀直入に記載しています。

おそらく一般の方はこれをすぐにイメージすると思います。


この死因の書き方をすると、死因の種類は、溺水による"不慮の事故"として判断されます。

つまり後述のような"内因的な要素(≒病気)"、ここでの高血圧の影響はⅡ欄に留まり、直接死因には関係していないと判断されます。



続いてパターン2【直接死因は溺水吸引による窒息(≒溺死)であるが、その原因(=原死因)は不詳と判断した場合】です。

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こちらはパターン1と比べると、"溺死の原因"にまで言及しています。

つまり深読みすると、「何も誘因なく溺死するとは考え難い。溺死するには他に原因があるはずだ。(でもそれが何か?は分からない)」という心理が伺えます。

次のパターン3と比べると、「高血圧は直接は死因には関係ない」と判断していることが分かります。


基本的に死因の種類には原死因が反映されますから、この場合の死因の種類は⑫不詳の死 となります。

この"不詳の死"は「内因か?外因か?すら不明」という意味になります。



パターン3【直接死因は溺水吸引による窒息(≒溺死)であり、その原因は虚血性心不全と推定した場合】です。

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このパターンでは「溺死の原因は"虚血性心不全(推定)"である」というところまで踏み込んだ判断をしています。

20年来投薬治療を受けている高血圧も持病として持っていることから、そこから虚血性心不全を原死因として推定しているのだと思います。


この場合の死因の種類は、原死因が"虚血性心不全"という病気ですので、①病死(及び自然死) となります。

つまり「お風呂で溺れていたが、病死である」という判断になるということですね。



最後はパターン4【入浴中に死亡したことは分かるが、その病態や原因は不明と判断した場合】です。

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この書き方は、文字通り「入浴中に亡くなったことは判断できるが、それ以上のことは一切不明」ということを表します。

パターン2に似ているような気がするかも知れませんが、このパターン4では「溺死したかどうか?すら不明」という点で意味合いが全く異なります。

パターン4の方が、"分からない度"がより高いということですね。


この場合も、当然死因の種類は⑫不詳の死 となります。



以上、4パターンの解説となります。


先に転載した解説にあるように『検案のみでの死因の判断については、意見が分かれる』ところだと私も思います。

各記載例もそうですし、「Ⅱ欄に高血圧を記載するか?」についても個別に判断する必要があります。


特にパターン3は、個人的な印象としてはかなり踏み込んでいる印象を受けます。(それが良い悪いは別です)

"20年来の高血圧"があるようなので"虚血性心不全"と推定するのもありかと思いますが、欲を言えば、もう少し臨床情報がほしいところでしょうか。

例えば、

「ここ数年は血圧コントロール不良だった」
「処方された内服薬を全く飲んでいなかったようだ」
「ここ最近浮腫がすごく出てきた」
「呼吸が荒くなってしんどそうにしていた」

などなど。



また遺族への説明もなかなか難しい問題です。

「調子も悪くなかったのに、急に溺死するんですか?」(パターン1)
「毎日普通にお風呂に入っていたのに、何で溺死したんですか?」(パターン2)
「お風呂で溺れて死んだのに、溺死じゃないんですか?」(パターン3)
「何でお風呂で亡くなったのですか?」(パターン4)

こういった疑問を遺族が感じてもおかしくないですよね。

それに対して検案所見だけでどう答えていくのか?



そして極めつけは、生命保険等に入っている場合です。

保険に加入している場合は、"死因の種類"が特に問題になってきます。

[不慮の事故(④溺死)]なのか?
[①病死及び自然死]なのか?
[⑫不詳の死]なのか?

これらの検案医の判断によって、保険金額が変わってきたり、場合によっては不払いとなる可能性も十分あります。

保険請求においては、それだけ重大な判断になってくるのです。

最終的には、これら全ての責任を負った上で、検案医が判断することになります。



ということで、今回は"風呂溺死の検案事例における死因・死因の種類"について書いてきました。

やはり"検案だけ"ということになると、分かることはかなり限られてしまいます。

解剖を行えば、例えばパターン3で言う"虚血性心不全"もある程度根拠を持って記載できることも多いです。

解説にもあるように、やはり『死因の正確な判断のために、法医解剖を含む詳細な検査が必要なことが多い』と思いますね。


何度も書きますが、"風呂溺死事例の死体検案書記載"は必ず個別具体的に判断する必要があります。

よく経験されるケースではありますが、検案医の先生方にはよく考えた上で死体検案書を記載してほしいと思います。