風呂溺・ヒートショック

今回は"風呂場での死"について書いていきたいと思います。

冬場の法医学では割とメジャーなのですが、一般の方からするとあまり馴染みがないようで、学生さんに話すとびっくりされることもしばしばあるんですよね。

また"溺死"とは少し病態の違う"ヒートショック"にも触れていきたいと思います。



おそらく学生さんの驚きは「お風呂でも溺れるのか?」というところだと思います。

確かにお風呂は浅いですし、「溺れそうになれば立ち上がればいいんじゃないか?」と思うのは当然だと思います。

しかし、実際に溺れてしまうんですよね。

ただしお風呂内で亡くなる方すべてが溺死であるわけではありません。

溺れたことによってではなく、虚血性心疾患や脳出血などを起こして亡くなっているケースも多くあります。

いやむしろ実際には純粋な溺死よりそちらの方が多いかも知れません。



純粋な溺死では、やはり溺れ得る環境であることが重要です。

もっと具体的にいうと『意識障害・意識消失がある』ことが必要になってきます。

1番多いシチュエーションは『アルコールで泥酔している状態での入浴』です。

そのまま眠り込んでズブズブ...という感じです。

肺や胃には飲み込んだ湯が確認され、吸引した水によって溺水することが直接的な死亡の原因です。



一方、ヒートショックは明確な定義があるわけではなく、近年になってよく言われるようになった言葉のようです。

ネットで検索すると『急激な温度変化によって身体がダメージ(特に心筋梗塞や脳卒中など)を受けること』と出てきますね。

この病態は先ほどの"溺死"と少し違います。


冬場のように寒ければ血管が収縮し血圧は上がります。

熱いお風呂に入浴すると血管は拡張し血圧は下がります。

そうやった「入浴時の寒暖差・温度差によって血圧が乱高下することで前述の心筋梗塞(→虚血性心疾患)や脳卒中(脳出血や脳梗塞)を起こしてしまう」ということですね。


確かにお風呂場で亡くなる方には、肺や胃にお湯をほとんど飲んでいないケースや、お湯の張った浴槽内ではなく"浴槽外の死"というものが普通に経験されます。

そういったケースで死因究明を進めていくと、溺死というよりは"虚血性心疾患"や"脳出血"で亡くなっていることが判明します。

なので実際はやはり一定数「非溺死の浴槽内死亡」はあります。


ちなみに私自身は死因に"ヒートショック"とは書いたことはありません。

そもそもまだ疾患概念がしっかり定まっていないですし、それを死因に書いてしまうことに対してまだ少し違和感がありますんで...。

ただ明らかに純粋な溺死とは別の病態があるのは確かなので、両者は区別すべきな気はしてます。

...こんな細かいことを世間は気にしないんでしょうけど。



またその他にも、入浴によって下記の体内変化が起こるとも言われます。

・汗をかくことで脱水状態になる
・熱いお湯に湯あたりして熱中症になる
・お風呂から出る際に起立性低血圧を起こす

このあたりはまだまだ詳しくわかっていないところもあるようです。



ということで、冬場の熱いお風呂への入浴時に特に要注意です。

・脱衣所を暖める
・湯加減は41℃以下
・入浴時間は10分以内程度に
・食後、特に飲酒直後の入浴は避ける
・入浴前にかけ湯をする
・水分を摂ってから入浴する
・お風呂を出る際は手すりをしっかり持って出る

こういった対策をしている方が良いと思います。

特に生活習慣病や心疾患・脳血管疾患を抱えている方はより注意すべきと言えます。



私もそうなんですが、日本人はお風呂が大好きですからね。

諸外国と比べても、入浴時の死亡は日本が圧倒的に多いそうです。

熱々のお風呂にゆっくり浸かりたいという気持ちは分かりますが、身体にとってはぬるま湯・短時間が良いですね、、、いや最早"シャワー浴"が1番良いのかも知れません。