創傷1 (刺創・切創・挫創・裂創・割創)

今回は"切創"についてです。

実際に医師国家試験で出題された問題を見ながら解説していきたいと思います。



取り上げる問題は【第104回 医師国家試験 B問題43番】です。

104B43_1.jpg


※画像は人によってショッキングな印象を受けるかも知れませんので、記事の1番最後に載せています。


20歳の男性。自室で倒れているのを家族に発見され搬入された。これらの創傷はどれか。

a. 刺創
b. 切創
c. 挫創
d. 裂創
e. 割創


【正答:B.切創】です。


それではひとつずつ見ていきましょう。



A. 刺創:先端の尖ったものによる刺しキズ。

stab.jpg

これはナイフやアイスピック、尖ったガラス片などブスッと刺された時に出来るキズですね。

先端は尖っているのでキズは比較的綺麗ですが、後述の切創に比べるとキズ自体が深いのが特徴です。(だからこそ危険性が高い)



B. 切創:鋭い刃物など切りつけられることで出来たキズ。

incise.jpg

問題の正答ですね。

包丁やナイフなどで切られて出来るものです。

キズはスパッと綺麗で、深さは刺創ほど深くはありません。


ちなみに問題の画像はどういう状況で出来た切創でしょうかね...。

目立つ大きなキズ痕の位置(手首の内側)としてはすぐに出てくるのは"リストカット"ですよね。

そのさらに指先や肘近くにも平行なキズがありますし、それを逡巡創・ためらい傷と捉えれば、さらに"リストカット"である可能性は高いと言えます。(参考記事:防御創と逡巡創)

ただ、見にくいですが画像の真ん中下あたりにも少し回り込んでいるようなキズ(切創?)もあって、このような位置にもためらい傷を作るのか?と思ったりはします。

個人的には、浅い平行な切創がもっとたくさん手首に並んでいる画像だったら、医学生さんも分かりやすいのかなと思ったりしました。


とは言っても、『若年男性が自宅で倒れていた』となれば国試的には自傷行為を暗示しているんでしょうし、これが仮に殺人であればこんな位置に切りキズはあまり作らないですしね。

※"防御創"の位置で多いのは、「手背や腕の外側」だったり、刃物を握った際に出来る「指の内側」とされています。



C. 挫創:鈍い物体がぶつかり皮膚が挫滅して出来たキズ。

contusion.jpg

これは転けて地面に頭をぶつけたり、バットで殴られたりした際に出来るキズですね。

皮膚の挫滅ということで、物体がぶつかって皮膚がちぎれたような汚いキズ痕になり、切りキズのようにスパッとはしていません。

その他、キズの周りにはぶつかった際に出来たアザがあったりします。



D. 裂創:皮膚が引っ張られることで裂けて出来たキズ。

laceration.jpg

これは挫創に伴って出来ることが多いです。

皮膚が裂けたものですので、挫創ほどは汚いキズではありません。

ただしきちんと見ると切創ほどスパッと綺麗なわけでもありませんし、周りに挫創などがあることが多いです。

また切創ではキズの中の組織までスパッと切れてしまっていますが、裂創ではあくまで皮膚が裂けることによるキズなので、そのキズの中は引きちぎられたようにやはり汚く、"組織架橋"というちぎれ残った血管や神経、線維などが認められます。


この問題を間違った受験生の多くがおそらくこの"裂創"という選択肢を選んでしまったものと思われます。

実際臨床医の先生の中にも、この"裂創"をしばしば誤用されている方がいらっしゃいますからね...。

というのも『"裂創"はただ見た目的に「裂けたキズ」というものではない』からです。

"裂創"は、あくまで物体がある部位に当たって皮膚が引き伸ばされ、それによって間接的に別の離れた部位が裂けて出来たキズだからです。

つまり裂創では『力を受けた作用点と出来たキズ(裂創)の位置が違う』というのがポイントなんです。


確かに一見して裂けたキズを見ると「裂創だ!」となりがちなんですが、それは間違いで、細かく観察し「本当に引っ張られて裂けた"裂創"なのか?」「刃物で切られたことによる"切創"ではないのか?」等きちんと使い分ける必要があります。

これは法医学的にはとても重要なことなんですが...おそらく臨床ではそこまで気にする必要のないことなのかも知れませんね。。

「しかしそれではいけない!きちんと使い分けなさい!」という、この問題の作成者の強い意志を感じます。笑


※追記

なんと、詳しく調べてみますと、まさかの医師国家試験に"裂創"の誤用?がありました...。

【第103回 医師国家試験 D問題 8番】です。

ressoudenakusessou.jpg

うーむ、、これは明らかに"切創"な気がしますが...。

ということで、このように出題委員の先生ですら"切創"と"裂創"を誤るくらい両者は間違いやすいので注意ですね。


E. 割創:刃物を打ち込まれるように打撃されて出来たキズ。(chop wound)

chop.jpg

これは一読すると"切創"との違いが分かりにくいかと思いますが、こちらは斧や日本刀といった重く大型の刃物によって出来ることが多いとされます。

刃物によるキズですが、"割創"は鈍物によって出来る"挫創"に似た要素も持っており、創の縁にわずかな挫創様の痕が出来ることもあります。

また斧や日本刀というワードからイメージできると思いますが、皮膚や筋肉だけでなくその下の骨までキズが及んでいること少なくありません。



以上から【B.切創】が正答となります。

"裂創"の認識さえ間違っていなければ、そこまで難しい問題でもなかったと思います。


解説の中でちょこちょこ出てきましたが、そもそもまず大前提として、キズは大きく2種類に分けられます。

・鋭器損傷:鋭い刃物や先端の尖った物によって出来たキズ。
・鈍器損傷:鋭くないものによるキズ。鋭器損傷以外。


選択肢を見ますと、

鋭器損傷:a(刺創), b(切創), e(割創)
鈍器損傷:c(挫創), d(裂創)

と分かれます。


かなりざっくりと書きますと、前者の鋭器損傷ではスパッと綺麗な創で、鈍器損傷は比較的汚い創となります。

問題のキズはどれもスパッととても綺麗なキズで構成されていますし、そういう意味でも"鈍器損傷"のc, dは消去できるかと思います。



ちなみに今回取り上げなかった創傷には他に、

・杙創:先の尖っていない棒状の物で突き刺される (ex. 傘の先端やパイプなど
・穿破創:骨などが内側から皮膚を突き抜けて出来るキズ
・デコルマン (参考記事:デコルマン・剥皮創)

などがあります。



創傷鑑定は法医学でもかなり重要な分野です。

「医師国家試験にも出題されるほど」ということですからね。

臨床医をする上でこれらキズの解釈が必須とまでは言いませんが、せめて正しい用語の使い方は覚えていても損にはならないと思いますよ。

ぜひ改めてもう一度勉強してみてください。




※以下に切創の画像がありますので注意してください※




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