デコルマン・剥皮創

今回は交通外傷でよく見られる"デコルマン"について書きたいと思います。

和名で"剥皮創"とも言いますが、どちらも同じものを指します。(厳密には剥皮創は)

臨床医学では"デグロービング損傷"と呼ばれたりします。

タイヤなどの回転に巻き込まれると起きる外傷の1種なのですが、大変特徴的な所見を呈します。


"デコルマン"とは...

皮膚が鈍体によって強く引っ張られるような力がかかり、皮膚は裂けずに皮下組織と筋肉の間が剥離した状態』を言います。
※"鈍体"とはナイフなどの鋭いもの以外のものと思ってください。

デコルマン.png

太ももが典型例なのですが、太ももは皮膚上から内側中心に向かって

皮膚→皮下組織(脂肪など)→筋肉→骨

と層になっています。

皮下組織は皮膚や筋肉に比べてゆるゆるな組織なので、タイヤに踏まれるなどの強い力が働くと、この脂肪と筋肉の逆目で"ズレて"しまうんです。

そして、場合によっては、そのズレがポケット状のすきまとなり、そこに血液やリンパ液が貯留することもあります。

画像で言うと、真っ黒な部分がタイヤに巻き込まれてできたポケットです。


最も典型的なのは、前述の通り「交通事故でタイヤに乗り上げられたケース」です。

つまりこの傷があるご遺体を道端で警察が発見した場合、『ひき逃げか?』と現場はざわつくわけですね。

ただし、決してタイヤに踏まれた場合だけではなく、車底との衝突時や高所からの転落した際にも生じるとされますので、安直な判断はできません。


一見して皮膚に破れがない限り見た目は"デコルマン"があると分かりにくいですし、実際解剖して分かることも多いです。

一応"ズレ"が存在しますので、皮膚触ると不自然に皮膚が動きます。

またポケットがある際は、そこに貯まった血液やリンパ液といった液体が触って分かることもあります。

そのポケットの大きさ等も打撃の強さに関わってきますし、結局解剖できちんと評価することが必須になります。


臨床ではこれを"デグロービング損傷"とも呼んでいます。

皮膚がズレやすいので生着も悪く、臨床でもこの傷には特に注意が必要みたいですね。


ちなみに"デグロービング"の語源は[de+glove]です。

臨床現場ではまさに"手袋を脱いだ"ような形の剥皮損傷が多いことからそう呼ばれるのでしょうかね。

一方で、"デコルマン"はフランス語の[décollement]が由来で、意味は断層の"ズレ"を表す言葉のようです。

従って、厳密には両者の意味合いには若干違いがある気はします。

ですが、臨床では"手袋を脱いだような損傷"だけでなく、法医学でいう"デコルマン"も含めて広く"デグロービング損傷"と呼んでいる印象がありますね。(※法医学では"デグロービング損傷"という言葉を殆ど使いません)



さて、今回は法医学の試験でもよく出る?"デコルマン"でしたが、理解できたでしょうか。

法医学全般に言えることですが、基本的に「法医学で重要なこと」というのは『裁判に関わってくる事柄』とニアリーイコールなところもあります。

今回の"デコルマン"についても、交通事故の有無の判断材料として法医学では特に重要なんだと思います。


もちろんデコルマンに関しては「治療に難渋する可能性がある」ということで医学的にも重要という見方もできますが、「法医学で重要とされていることが医学的、特に臨床医学的に重要か?」と言われると、必ずしも全てが全て同じベクトルではない気もします。

臨床医学は"治療"が最優先事項ですからね。

臨床医の先生とお話していも「ここはきっと興味ないんだろうな...」と思うことがたまにありますし。

そういった"ズレ"も『臨床←→法医学』の難しさかも知れませんね。