今回は[autoerotic death]について書いていきます。
適する和単語がなく日本でも「オートエロティックデス」とそのまま呼ばれることも多いです。
その特異な死亡状況から世間からはしばしば好奇の目で見られてしまいますが、本記事では法医学視点から真面目に書いていきます。
『オートエロティックデス』[Autoerotic death]:"自慰行為に関連した死"のこと。典型的には直接的な死因は"窒息"であるが、広義には"窒息"以外に関連した死亡も含む。
オートエロティックデスの例として、
・窒息 [Autoerotic asphyxiation]
・感電
・(行為中の)心筋梗塞や脳卒中
などが挙げられてます。
特に最も頻度の多い"自慰行為に関連した窒息死"は『autoerotic asphyxiation』と呼ばれることがあります。
『自慰行為中に頚に紐をかけて絞めることで脳虚血を引き起こす』というものです。
今回の記事もこの"autoerotic asphyxiation"を中心に書いていきます。
詳しくみていきましょう。
脳の低酸素は時に性的興奮・多幸感を引き起こすと言われています。
そのため、性行為や自慰行為の中のプレイとしてしばしば選択されます。
そして、それが"過ぎてしまう"ことで死亡してしまうのが[autoerotic asphyxiation]の本質です。
つまり行為者は「殺害するため」や「自殺するため」にそれを行っているわけではありません。
特に頻度の多い自慰行為中の死は他人による救出が望めないため「危険性が高い」と言えるかも知れません。
米国では年間に少なくとも500-1000人が"autoerotic asphyxiation"によって亡くなっているという報告があります。
その他「頻度は女性よりも男性の方が多い」「女性の発見状況の方がシンプルである(=男性の方が"手が込んでいる")」という報告もあります。
意図は違えど、直接的な死因は"頚部圧迫による窒息"なので、所見自体は自殺の際の頚部圧迫による窒息と大きな違いはありません。(参考記事:「縊頚」)
・気道閉塞による死亡
・脳血流の途絶による死亡
・頚動脈洞反射による死亡
などが死に繋がる病態です。
それなら「自殺の際と何が違うのか?」と言われると、『死亡時の状況・環境が違う』と言えるでしょう。
ご遺体の体勢や服装はもちろん、「周囲に性的な本や写真、玩具、鏡などがあるか?」という点も重要になります。
時には、自作の安全機構("力を緩めれば外れる"や"紐を引けば解ける"などの工夫)が為されていることもありますが、死亡例ではそれがうまく機能しないことによる"事故"もあります。
当然「他人の介在が否定できる状況である」というのも重要な所見のひとつになってきます。
他にも外見上明らかなことも多いですが、「体位性窒息による死亡」や「袋をかぶることによる窒息死」などもあります。(参考記事:「体位性窒息」「制縛死」)
ただしこれら場合は他殺の可能性もより注意深く考える必要があります。
また前述のように、
・(プレイの一環としての)感電死
・(プレイ中の興奮に伴う)心筋梗塞や脳卒中
・(プレイと全く関係のない)その他病死
などによって死に至るケースもあるため、最終的には『何故亡くなったのか?』をはっきりさせる必要があります。
以上、"autoerotic death" (autoerotic asphyxiation)でした。
"autoerotic death"は、その特異な死亡状況のため、世間からはしばしば好奇の目でみられてしまいます。
しかし、法医学者はそうではありません。
その死亡が、
・不慮の事故なのか?
・死ぬ意思を持って行った自殺なのか?
・他人の介在による他殺なのか?
・全く関係ない病死なのか?
これらをきっちりと鑑別し判断しているのです。
故人が保険に入っている場合は、その死因の種類によって支払われる条件や金額も違ってきます。
もちろん、我々が行う検案・解剖だけでこれらを判断することはできません。
捜査機関の詳しい情報も合わせながら判断する必要があります。
状況が状況なだけに、家族や身内には知られておらず、そして「急な突然死」という形で知らされることに遺族は大きな衝撃を受けます。
場合によっては、遺族に真実をお伝えしづらいこともあるかも知れません。
それでも我々は真摯に死因を究明するのです。
そして、『たとえどんな死に方であっても、故人の尊厳を弄び、その死に様に対して好奇の眼差しを向けるべきではない』と私は思っています。