皆さんが普段?目にするであろう"死因統計"。
医師(歯科医師)の作成する死亡診断書・死体検案書を基にして、1年に1回、人口動態統計として集計されています。
今回のテーマはこの"死因統計の不正確性"です。
我々医師が書いた死亡診断書・死体検案書は遺族に手渡されます。
そして遺族等を通して役所に提出されます。
その情報は次に役所から厚生労働省に行き、最終的に死因統計としてまとめられます。
このシステムは、医師が死亡診断書・死体検案書を正確に書かなければならない根拠としてよく言われます。
しかし、
【この死因統計は果たして真の死因を反映しているのか?】
という問題があるのを知っていますか?
今回はこの問題について書いていきたいと思います。
結論から言いますと、個人的には、
『大まかな死因の傾向は知ることができるが、細かな死因の調査には使えない』
と思っています。
国民レベルのような大きな規模での死因の傾向を知るには十分なので、死因統計の本来の目的(→国民の公衆衛生)という意味では問題ないかとは思います。
しかし、この統計から細かな死因の議論をするのは不適です。
なので個々の死因を議論することの多い法医学界ではあまり死因統計のデータは使用されないのが実際です。
そもそも"死因"には2種類あります。
・原死因:「直接に死亡を引き起こした一連の事象の起因となっ た疾病又は損傷」または「致命傷を負わせた事故又は暴力の状況」
・直接死因:「直接に死亡を引き起こした疾病又は病態」
です。
このうち、一般的に"死因"と言っているのは"原死因"のことです。
詳しくはマニュアルにも書いていますが、死亡診断書(死体検案書)の死因欄で言いますと、
1番上(ア欄):直接死因
1番下:原死因
です。(※これはかなり乱暴な書き方で、正確には原死因の決定にはもっと細かなルールがあります。)
まずこれが理解できていることが前提です。
ここからこの「原死因が不正確になり得る原因」について書いていきます。
具体的に国試問題を取り上げて見てみます。
ネフローゼ症候群を併発した全身性エリテマトーデス〈SLE〉のため副腎皮質ステロイドによる治療を受けていた患者が、経過中に糖尿病と細菌性肺炎とを発症し、敗血症性ショックとなり死亡した。死亡診断書の様式の一部を別に示す。
死亡診断書の作成にあたり、「死亡の原因」の「(ア)直接死因」に記載すべきなのはどれか。
a. 糖尿病
b. 細菌性肺炎
c. ネフローゼ症候群
d. 敗血症性ショック
e. 全身性エリテマトーデス〈SLE〉
[医師国家試験 112回 B問題19番より]
ちなみに【正答はD.敗血症性ショック】です。
直接死因を答えさせているので、問題としては大きな議論にはならないでしょう。(よく錬られています...笑)
この状況で死因を書くとなると、おそらく複数の可能性が考えられます。
例えば、ある国試解説サイトをみてみると、死亡診断書は下記のようになると一例が挙げられています。
この場合は、(原)死因は"ネフローゼ症候群"となります。
しかし、他のパターンも考えられます。
例えば、診断書を作成した医師が『肺炎と糖尿病は関係ない』と判断した場合は、下のような記載になる可能性もありますよね。
この場合の(原)死因は"細菌性肺炎"です。
また『全身性エリテマトーデスの進行によって肺炎が起きた』と判断した医師は下のように書くかも知れません。
これなら(原)死因は"全身性エリテマトーデス"になります。(イ欄→ウ欄の繋がりが厳しいですが...)
「これら3者のどれが正解か?」に答えはありません。
実際に記載する医師がどのように考えるか?次第です。
もちろんこの3パターン以外にも書き方はあるでしょう。
これらどのパターンの診断書を書いたとしても、記載形式が守られてさえいえば役所では基本的に受理されます。
従って、『医師がどのように疾患の関与の度合いを判断するか?』によって、診断書の記載、ひいては(原)死因も変わってくるということです。
(※ちなみに直接死因に関しては、"敗血症性ショック"で議論の余地はないと思います。)
ネフローゼ症候群、細菌性肺炎、全身性エリテマトーデス...これら3つとも全く別の病態です。
同じ状況のご遺体であっても、死因がこんなに大きく違ってくる可能性があるんです。
この死因の(内容的な)書き方というのは決して統一されていません。(というか現状では統一しようがありません)
もう一つ例を挙げてみます。
75歳の男性。慢性C型肝炎による肝硬変、食道静脈瘤の存在が指摘されていたが、高血圧症と脂質異常症とともに特に治療は受けていなかった。吐血し意識を失った状態で倒れているところを家族が発見した。搬送先の病院で内視鏡的食道静脈瘤結紮術を施行したが止血に至らず、死亡した。
この患者において死亡診断書の(A)に記入すべき疾患はどれか。
a. 肝硬変
b. 高血圧症
c. 脂質異常症
d. 食道静脈瘤
e. 慢性C型肝炎
[医師国家試験 115回 C問題38番より]
ちなみに【正答はD.食道静脈瘤】です。
国試問題としては、こちらも他の選択肢を除外していけば、正答に辿り着くにはそこまで難しくないでしょう。
こちらもある国試解説サイトでは下記の一例が挙げられています。
こちらに関しては、常識的に考えてこれ以外のI欄の書き方はなさそうですし、あまり議論の余地はなさそうです。(さすがに2回目の出題なので、問題文が改善されたのでしょうか笑)
しかし、細かい話になりますが、II欄の書き方で以下のように高血圧症を入れるという考え方はなくもありません。(※血圧が高いから破裂しやすい状況であるという理屈)
このII欄は直接死因統計に関係してきませんが、それでも診断書の記載としては違ってきますよね。
こちらも、両者どちらのパターンの書類を役所に提出しようが受理されます。
以上のように、結局は診断書・検案書を書いた"医師の判断"で違ってくるんですよ。
極論を言ってしまえば、形式的な記載法の決まりはあれど、診断書・検案書の(内容的な)書き方に絶対的なものはありません。
【どのような場合に、どの死因を書けばよいか?】というのはどのマニュアルにも書いていません。
それは全て、(法医学医に限らず)医師が生前の情報や既往歴等を加味した上で、自らの経験・知識から判断し責任を持って記載するものなのです。
これはある意味で、「とても主観的である」という見方もできるかも知れません。
死因に関わる重大事項を見逃すと誤った死因を付けかねません。
それくらい死因の診断においては、医師の責任・権限は強いと言えます。
ということで、
【これらの死亡診断書・死体検案書を基に集計される死因統計がどこまで真の姿を表しているのか?】
という問題点がわかりましたでしょうか。
具体的には、
ざっくりと、『日本人の死因トップ3は①悪性新生物 ②心疾患 ③老衰』というのは正しいのかも知れません。(※個人的には、"老衰"ってどうなの?と思ったりしますが...)
何度も言うように、もし万が一間違った判断をしてしまっても、形式的な誤りがない限りは役所に受理されてしまいます。
なので、前回記事の「自殺」に関しても、仮に検案書を作成した医師が「精神疾患なし」と判断すれば、『精神疾患と自殺との関連性はなし』として扱われます。
なので、見るデータがきちんと適切か?ということも考えながら統計を読み解く必要があるわけです。
我々法医学者はある意味、死体検案書の作成を生業としています。
それでも毎回毎回記載に悩みます。
同業の法医学者の間でもしばしば自分が付けた死因が議論にもなります。
それくらい難しいんですよ...。
それでも死体検案書の作成は医師にしかできません。
これは同じ法医学者であっても、臨床検査技師さんや薬剤師さんにはできないとても重要な法医学医師の役目・責任です。
だからこそ、法医学医だけでなく、法医学の知識は死亡診断書・死体検案書を作成する可能性のある全ての医師が持っていて然るべしなのです。
そして、私自身はこの"悩み"こそが『法医学者にとっての最大の難しさなのだ』と思っています。