法医学は本当に7K...10Kか?

皆さんドラマ"アンナチュラル"は観たことありますか。

私は遅れて観た勢なのですが、面白くて今でもたまに観返しちゃったりします。

同業者の間では「恥ずかしくて観れない」「細かいところが気になって観てられない」などの声もしばしば聞かれます。

ああやって法医学ドラマが話題になると、一般の方や初対面の人に『私はちょうどあの○○さんと一緒の仕事(立場)なんです。』と説明が簡単に出来るので個人的には助かってるんですよね。笑

そういう意味でも私は基本的に"法医学ドラマは観る派"です。


さて、そんなアンナチュラルに出てきた"7K"という言葉。

法医学の職場を表すカ行(K)...

・汚い
・きつい
・危険
・臭い
・給料安い
・気持ち悪い

「嫌いじゃない」という希望的ワードを入れてこれが劇中の"7K"ですかね。


その他、全般的な7K職場として、特に女性目線で

・規則が厳しい
・休暇がとれない
・化粧がのらない
・結婚できない

なんかが関連して入ってきているみたいです。

そうなってくると『法医学は"10K"』になってしまうんでしょうか...?


今回はそれを法医学者目線で確認していきたいと思います。

ちなみに長くなるので結果だけ先に書くと↓です。


合っている:○ → 3個 (危険、臭い、休暇がとれない)
どちらとも言えない:△ → 4個 (汚い、給料安い、気持ち悪い、化粧がのらない)
合っていない:× → 3個 (きつい、規則が厳しい、結婚できない)


それではひとつずつ合っているのか?みていきます。



<汚い> → △

本来ご遺体やその身体の中は綺麗なものです。

ただ確かに腐敗の進行したご遺体などを見ると一般の方はやはりギョッとするのかも知れません。

我々法医学者は見慣れていますし、そもそもそれは"汚い"とはどこかニュアンスが違う気がします。

解剖時にはもちろん手袋や防護服もしていますからね。

ちなみに手術では消毒済みの部分を"清潔"、消毒されていない部分を"不潔"と呼びます。

そういう意味では、解剖におけるご遺体は全て"不潔"と言えます。(※後述の<危険>も関連する)

一方で、DNA用のサンプルを採取する際などは、むしろ我々採取者の生身の手こそが"不潔"なので、綺麗な手袋をして"清潔"なサンプルを触る必要があります。


<きつい> → ×

これは臨床の頃を考えると私自身は全然大したことありません。

立て続けの解剖や長時間の解剖は確かに疲れますが、それでも救急車が引っ切りなしにやってきて寝れられなかった日々を考えると全然肉体的疲労は少ないです。

精神的な"きつさ"という意味でも、そこまで日々気を揉んだり神経をすり減らしたりすることはありません。

何と比べてか?という点が重要ですね。


<危険>→ ○

これは確かにあると思います。

病院の患者さんと違って、ご遺体は既往歴といったバックボーンが分かりませんから、血液感染する病気を持っていても不思議ではありません。

実際に少し前に『ご遺体が持っている結核菌が解剖者へ感染した』というのが法医学界でも問題になりました。

また最近では、新型コロナウイルス関連のこともあります。

今でこそ法医学者もワクチンの優先接種対象となっていますが、それでも当初は法医学者は医療従事者等に含まれていなかったという地域も多々あったと聞いています。

この項目に関しては、そういう意味でも二重丸◎にしたいくらい強く言いたいところですね。


<臭い> → ○

これはでも仕方ありません。

自然の摂理ですからね。

夏場なんかは「あと数日発見がが早ければ...」「この時期でなければ...」なんて自分勝手に思ってしまうこともあります。

私自身は臭いに強い?(鈍い?)タイプですし、感染対策上N95マスクも着けていますので、強く気にすることはそんなに多くないです。

ただ教室に帰ってきた後に、他の教室員に臭いを指摘されることはしばしばありますので、やはり臭うは臭うんだと思います...。


<給料安い> → △

これもどの職業と比較するか?ですよね。

一般的な同年代のお給料と比べると同じくらいは貰っているんだと思います。

そこにアルバイトもすれば十分な生活はできます。

それを臨床医と比べてしまうとやはり見劣りはしてしまいます。


<気持ち悪い> → △

これも一番最初の<汚い>と一緒ですが、価値観の問題ですからね。

私自身は初めて解剖に接してから一度も気持ち悪くなったことはありません。

ただかつて、ある医学生さんが解剖見学に来て、その解剖が腐敗の進んだご遺体だったのですが、法医学に勧誘するために解剖後ご飯に連れて行った際、なぜか安上がりだったという経験が一度だけあります。



続いて女性目線の項目ですね。

最近は女性の法医学者も増えてきているので、この視点は重要です。


<規則が厳しい> → ×

私の在籍する教室はそこまで規則が厳しいという印象はないですね。

臨床医と違って患者さんからクレームを頂くこともないですので、本来はむしろ緩いくらいか?と思うのですがいかがでしょう。

かといってチャラチャラしたり香水の匂いプンプンみたいな方がいるわけではなく、皆さん真面目な常識人ばかりです。

ただ規則に関して一点だけ言えるとすれば、『解剖で知り得たことは口外厳禁』これは絶対です。

たまに本やネットで解剖内容の詳細を書いたりしているのを見かけますが、個人的にはあれすらもアウトだと思って生活しています。(きっとあれらはフェイクを入れているんでしょうが)

この点に関してはそれくらい厳しいです。


<休暇がとれない> → ○

これは女性に関係なく残念ながらあります。

もちろん土日祝日は基本休みです。

ただし「どうしても重大事件などに関する司法解剖をこの休日中にやらなければ捜査に支障が...」となると、休日出勤にならざるを得ないことがあります。

また日々の業務でも、多くの法医学教室がカツカツの人数で回していますので、有休を使うとなっても周りと調整して取ることになります。

ちなみに私自身は当然ワクチン休暇もなかったです。


<化粧がのらない> → △?

これが1番よく分からなかった項目です。

確かに夏場の解剖はガウンで暑く汗をかきますし、冬は腐敗が進んでしまうので解剖室内の暖房は使用できず、肌にとってはよろしくない気はします。

けど皆さん美肌ですけどね!

解剖はマスクをするからなのか、化粧がのらないからなのかはわかりませんが、そもそも化粧が薄い人が多い気はします。(バッチリしている方はすみません...)

どうなんでしょう...。


<結婚できない> → ×

これについても結婚している女性が特別少ない気はしませんけどね。

実際に結婚されている法医学者も知り合いには普通にいますし、決して法医学者だから結婚できないという話ではないと思います。

法医学会でも、女性の法医学者に関するシンポジウムやセッションがあったりして、女性法医学者が出産・育児等やキャリアについてをお話されているのが近年は印象的です。

他の臨床医学系学会と比べると、法医学会では未だ総会に託児所が併設されていなかったりするので、まだそこまで需要はないのかな?と個人的には感じてたりもします。

そもそも最近は結婚を選択しない男性・女性も増えてますからね。

そういったのも関係しているのかも知れません。



以上、10項目をみてみました。

結果は冒頭に書いた通りです。

○ → 3個 (危険、臭い、休暇がとれない)
△ → 4個 (汚い、給料安い、気持ち悪い、化粧がのらない)
× → 3個 (きつい、規則が厳しい、結婚できない)

どうでしょうか。

中途半端な△が多いのが個人的にも気にくわないのですが、あえてそれを無理矢理○か×に分けるなら、私にとっては多くが×になるかと思います。

なので、『法医学は10K(7K)なんかじゃない!』これが私の結論になります。



ドラマなので「面白可笑しくしてナンボ」なのでしょう。

実際面白かったので良かったです。

これからも法医学ドラマが楽しみです。

そして、私にとって法医学は「嫌いじゃない」いや『好きです』ね。