DNA鑑定2 (アメロゲニン遺伝子)

DNA鑑定の目的のひとつに"性別判定"があります。(参考記事:「DNA鑑定1」)

「性別判定なんて見た目でわかるでしょうが」と思われる方も多いと思います。

実際にそうなんですよね。

乳部や陰部などをみれば誰でもすぐにわかりますし、法医学者であれば骨をみるだけで性別を判断することも可能です。

しかし、それができない場面にも我々法医学者はしばしば出くわします。


ひとつは犯罪現場ですね。

DNAは手に入ったが、肝心の犯人がわからないというケースです。

また火災現場や細かくなった白骨遺体の場合です。

この場合は、肉眼的に特徴的な部分が失われていることも少なくありません。


そういう場面で活躍するのが"DNAによる性別判定"なんですね。

今回はその中でも避けては通れない"アメロゲニン遺伝子"について書いていこうと思います。



アメロゲニン遺伝子:歯のエナメル質を形成するタンパク質の情報が書かれている遺伝子。X染色体・Y染色体にそれぞれ違った長さで存在する。

この後文が重要であることを強調したいと思います。



「DNAから男性と女性を見分けよう」と思ったらどうすれば良いでしょうか?


ヒトは「44個の常染色体+2個の性染色体」を持っています。

この性染色体は「男性XY、女性XX」という組み合わせになっていますよね。

これを利用すれば良さそうです。


それならば、男性の持つ"Y染色体"に着目し『Y染色体のみに存在するDNA配列』を調べた時を考えてみます。

調べる領域については原理的にはY染色体のみに存在(他の染色体やX染色体には存在しない)すればどこでもよいですよね。

男性:検出あり
女性:検出せず

結果もわかりやすいです。


しかし、実際は第一選択としてこの手法は取られません。

それは『検出されなかった場合、"女性である"以外にも別の要因が考えられてしまうから』なんです。


Y染色体中の特定のDNA配列が検出されれば男性と推定して問題ないでしょう。

一方、検出されなかった場合、

・女性だったから(理屈通り)検出されなかった
・検査ミスによって検出されなかった
・DNAが壊れていて検出されなかった

これらが"検出せず"という結果だけでは判断し切れないんですよね...。



そこで出てくるのが"アメロゲニン遺伝子"です。

この遺伝子の特徴は冒頭にも書いたように、

・Y染色体にもX染色体にも存在する
・Y染色体のアメロゲニン(AMEL-Y)とX染色体のアメロゲニン(AMEL-X)の長さが違う

この2点の特徴があります。


アメロゲニンはY染色体にもX染色体にも存在します。

ですが、その長さは違います。(Yp11.2, AMEL-Y:113bp. Xp22.1-Xp22.3, AMEL-X:107bp)※bpはDNAの長さの単位だと思ってください。

つまりアメロゲニン遺伝子を増幅した場合、

男性:AMEL-XとAMEL-Yの2種類のアメロゲニン遺伝子を検出する。
女性:AMEL-Xのみの1種類のアメロゲニン遺伝子を検出する。

なわけですね。

こちらの手法は先ほどのものとは違い、女性の場合もAMEL-Xを検出するという陽性所見が得られます。

従って、先ほどのようの検査手法が謝っていたり、DNA自体の状態が悪い場合はAMEL-Xすら検出されないので、それを除外できる点がミソです。


このアメロゲニン遺伝子のDNA鑑定は、現在でも広く性別判定に使用されています。



ただ1点だけ問題があります。

それは【性別を決定しているのは決して"Y染色体"自体ではない】という点です。

性別を決定するのは、Y染色体そのものの有無ではなく、正確にはY染色体にある"SRY遺伝子"という領域なんですね。

なので『SRY遺伝子がなければ女性に、SRY遺伝子があれば男性に変化』します。


アメロゲニン遺伝子のDNA検査では、SRY遺伝子の有無を見ているわけではなく、あくまでY染色体の有無をみていると言えます。

ですので、アメロゲニン遺伝子を確認し男性と判断されても(Y染色体があっても)、SRY遺伝子が存在していなければ女性になります。

逆にアメロゲニン遺伝子検査で女性と判断されてても(Y染色体がなくても)、SRY遺伝子がX染色体に存在していれば男性になります。

このような事態はごく稀ですが、白骨遺体などで本人を肉眼的に確認できない場合などでは、そういった注意点は念頭に置いておく必要があります。



性別判定にとても有効な"アメロゲニン遺伝子"。

近年はアメロゲニン遺伝子に加え、はじめに書いた"Y染色体に特有のDNA配列"についても同時に検査して精度を上げています。

それでも、やはり性別判定の基本は"アメロゲニン遺伝子検査"だと私は思っています。

大変興味深いですよね。