溢血点・溢血斑

今回は法医学でも頻繁に出てくる"溢血点"について書きたいと思います。

ちなみに溢血点...これは[イッケツテン]と呼びます。


首吊り自殺など"頚部圧迫による窒息"でよく聞かれますね。

また同時に"急死の三徴"として「心臓血流動性、臓器うっ血、溢血点」のひとつであることも有名です。(※窒息も"急死"です)

詳しくみていきましょう。



溢血点:『過度なうっ血(静脈のうっ滞)によって毛細血管が破綻・出血し、それが肉眼的に認められたもの。』

小さな点状の出血を"溢血点"と呼び、ある程度大きいものは"溢血斑"と呼ばれます。



まず実際の溢血点をみてもらった方がイメージできると思いますので、具体的な医試問題を取り上げます。


106E13.jpg

非定型的縊頸死体の左眼の写真を別に示す。
左下眼瞼の所見から、死亡時に閉塞されていなかったと判断できるのはどれか。

a. 外頸動脈
b. 浅側頭動脈
c. 中硬膜動脈
d. 椎骨動脈
e. 内頸動脈

106E2.jpg

[医師国家試験 106回 E問題13番 より]


ちなみに【正答はD.椎骨動脈】です。

これはかなり難問で、私自身も初見の際は震えました...。笑

少し正答の解説すると、この問題の言わんとするところは【首吊り自殺(縊頚)で最後まで閉塞しないのは"椎骨動脈"である】という点だと思うんですよね。(参考記事:「縊頚」)

(b) 浅側頭動脈 → 外頸動脈系
(c) 中硬膜動脈 → 外頸動脈系

なので、結局のところ

内頸動脈系:e
外頸動脈系:a, b, c
椎骨動脈系:d

となります。


"椎骨動脈"は文字通り椎骨の中を走っています。

ですので、首を吊った際に、内外頸動脈より約4-5倍ほどの力がかかっても椎骨動脈は閉塞せずに耐えるんですね。(椎骨にある程度守られる)

なので、首吊りにおいて一般的に最後まで血流が保たれるのは"椎骨動脈"なんですよ。

従って、問題の解答も椎骨動脈系である"椎骨動脈"が正解になります。

ちなみにこの問題は当時の受験生の2割ほどしか正解できなかったようです...難しい。



さて、話を戻しましょう。

再度画像をみてみます。

106E2_e.jpg


"溢血点"とは、点線楕円内や矢印の「小さな赤い点々(出血)」のことを言っています。

ちなみに黒目の縁にある白っぽい輪を"老人環"と言います。生理的な加齢性変化です。(参考記事:「老人環」)

ひとつひとつのサイズも大して大きくないので、"溢血斑"ではなく"溢血点"でよいと思います。


冒頭にも書いたように、溢血点の機序は「うっ血による毛細血管の破綻」がメインでした。

教科書的には「血圧上昇、血管攣縮、血管透過性亢進によっても起こる」とも書かれていますが、基本的に「うっ血状況下で起こる」と考えていてよいでしょう。

"うっ血"なので『動脈は開通し、静脈は閉塞する』という状態が最も顕著に溢血点が出る条件です。


血管の構造を考えてみると、『動脈は弾力性があり壁は厚く、静脈は逆に壁が薄い』ため、同じように力をかけても静脈が先に潰れ(閉塞し)てしまいます。

ですので、血管構造的を考えても「溢血点は頚部圧迫で出やすい」と言えるわけですね。



その"頚部圧迫"の中でも、溢血点が出現しやすい条件があります。

それが"非定型的縊頚"や"絞殺・扼殺"です。


縊頚(首吊り)には2種類ありました。

"定型的縊頚"と"非定型的縊頚"ですね。(参考記事:「縊頚」)


このうち、"定型的縊頚"ではきっちりと血管が締まるので、静脈だけでなく動脈も潰れて(閉塞して)しまいます。

そのため、逆に?うっ血が起きず『"定型的縊頚"では溢血点が認められないことが多い』とされます。


一方で、"非定型的縊頚"では中途半端な血管閉塞が起きやすく、静脈は閉塞するが動脈は閉塞しないことが多いです。

従って、『"非定型的縊頚"では溢血点が出やすい』と言われます。

ちなみに"絞殺"や"扼殺"も、(他人による力などの)中途半端に血管が閉塞される頚部圧迫なので、"非定型的縊頚"と同様「溢血点が出やすい」です。(参考記事:「絞殺・扼殺」)


国家試験の問題文が"非定型的縊頚"であったのも、「椎骨動脈が最後まで閉塞されない」というのも、そういう観点からだと思います。



出現場所も画像のような"瞼の裏"が最も典型的です。

その以外にも、唇の裏、皮膚や臓器の表面に出ていることも多いです。


検案時には必ず上瞼をこのようにクルッとひっくり返して、この溢血点の有無を確認しなければなりません。

もし溢血点があれば、状況によっては「窒息(→首締め→他殺→殺人事件!?)」を疑っていく必要がありますからね。


しかし、短絡的に『溢血点=首締め・他殺』と考えてしまうのはあまりに稚拙です。

この溢血点は"急死の三徴"と言われていることからも分かるように、"急死"の際にも広く出現します。

例えば、急死の典型例は"心臓病"ですね。

以前にも書いたように、"心臓病"は法医学で扱うご遺体の中で最も多い死因です。(参考記事:「法医学で最も多い死因」)

つまりは別に頚部圧迫による窒息死でなくとも、(最も頻度の高い)心疾患でも溢血点は認められるため、「特異度はかなり低い」ことがわかると思います。

これが理解できていないと、溢血点があるというだけでザワザワしてしまうんですね。

他の情報を十分加味して慎重に判断する必要がありますよ。



ということで、今回は"溢血点"を取り上げました。

実務上は解釈に難しいこともありますが、法医学において重要な所見であることは言うまでもありません。

臨床医であっても、もし検案を頼まれた際には必ず確認しなければならなりません。

ですので、医師なら誰しも持っているべき知識だと私は思います。


そういう意味では、個人的にはもっと医師国家試験に取り上げてもよいくらい溢血点は重要かつポピュラーな項目だと思っているのですけどねぇ。

画像問題にもしやすいですし、今の国試の流れを酌んだ問題作成ができそうですが...。(さすがに上記の問題は難しすぎです笑)


忘れた際にはまた是非改めて勉強してみてくださいね。