Wikipediaで読む法医学事件2 (後編)

前回記事の評判が良かったので、より最近の事件(ほぼ平成〜)についても取り上げたいと思います。(参考記事:「Wikipedia法医学事件(前編)」)

公判中のものもありますので、あまり深入りはできません。

また私はどの事件についても全く関係はありませんのでご安心ください。



・パロマ湯沸器死亡事故(1985-2005)
・トリカブト保険金殺人事件(1986)
・東電OL殺人事件(1997)
・時津風部屋力士暴行死事件(2007)
・首都圏連続不審死事件(2007-2009)
・関西青酸連続死事件(2007-2013)
・寝屋川市中1男女殺害事件(2015)
・山本病院事件(2016)
・紀州のドン・ファン死亡事件(2018)


以上の7件です。


【パロマ湯沸器死亡事故】(ウィキリンク)


当時パロマ社が製造していた湯沸器の動作不良による一酸化炭素中毒死が国内で多発した事故です。(死亡者21人、重軽傷者19人)

事故が発生し始めた当初都度の事故報告は会社にも上がっていたようですが、それらが関連したものと認識できず被害が拡大したと言われています。


当時は国民に該当商品の回収を求めるテレビCMがよく流れていたのが思い出されます。

この事故によって亡くなっていた方の遺族が、10年経った後に検案書を作成した監察医務院に連絡し、死因が『一酸化炭素中毒』となっていたこと改めて確認され、それが端緒となり一連の事故の発覚に至りました。

このため、監察医制度の重要性を示すモデルケースとしてしばしば取り上げられることがあります。

ただし、このケースではあくまで遺族が確認して始めて発覚しており、監察医が知り得た情報を主体的に社会へ発信することができていない現状を何とかする必要があるのではないか?と個人的には思います。(プライバシーの問題があるのでしょうが...)

また他の死亡者に関しては、ある意味で見逃されてきたと言え、逆に日本の死因究明制度の脆弱さを表しているとも言えます。



【トリカブト保険金殺人事件】(ウィキリンク)


ある夫婦が友人とともに沖縄旅行に行き、その旅行先で突然妻が急死しました。

法医解剖の結果、死因は"急性心筋梗塞"(病死)と診断されました。

しかし、夫婦はかなりのスピード婚であったことや、夫が妻に多額の保険金をかけていたことを友人たちは不審に思い、警察やマスコミに訴えます。

その5年後、別件の横領事件で夫は逮捕され、その捜査の中でかつての妻の死は保険金目的の殺人の可能性が浮上し、再逮捕されます。

裁判では「トリカブト+フグ毒」という特殊な方法で夫は妻を殺害したと認定され、最終的に無期懲役が確定しました。


この事件では、当時の解剖で採取された血液が数年後も保存されており、それを分析することで女性の毒殺を証明できたという点で法医解剖(死因究明制度)の重要性が再確認されました。

確かに法医解剖で採取された試料はこういうケースを念頭に保存されています。

それがまさに狙い通りに活用できた事例というわけですね。


また法中毒学的にも「フグ毒の発現をトリカブトの作用で遅らせる」という薬物動態がかなり注目を浴びました。



【東電OL殺人事件】(ウィキリンク)


有名企業の働いていた女性があるアパートで殺害されました。

捜査の中で、この女性は売春をしていたことが判明します。

さらに捜査が続きある男性に容疑がかかります。

犯人を特定する直接証拠はなかったものの、現場に残された精液や体毛が、DNA鑑定の結果その男性のと同一であったことなどから、検察は起訴に踏み切ります。

第一審の地裁判決は無罪であったものの、控訴審で無期懲役、上告審では上告棄却となり、男性の無期懲役が確定します。

その後も冤罪事件であるとして日弁連等が活動を続け再審請求をします。

それを受けた高裁は、DNA鑑定をしていない物証についても改めてDNA鑑定をするように要請しました。

再DNA鑑定の結果、精液や体毛のDNAは別人のDNAであることが判明します。

さらに再審では、被害者の爪に残っていた付着物のDNAが男性とは違う(前述の)別人のDNAであったことから、検察自身も男性の無罪を主張するという事態になり、結果男性の無罪が確定されました。


この事件では、DNA鑑定の手技・手法が問題だったというより、その結果の出し方・見せ方に問題があったと言えます。

前回もいろいろ書いたように、DNA鑑定の結果自体はある程度白黒はっきりしますが、その解釈の仕方は様々です。

様々な解釈が可能ということは、その結果の見せ方や提示の仕方によっていろんな主張ができてしまいます。

公正が絶対です。



【時津風部屋力士暴行死事件】(ウィキリンク)


ある相撲部屋で新弟子として入門した力士が稽古中に心肺停止となり病院に運ばれ、その後死亡が確認されます。

救急は警察へ不審死の疑いと連絡していたものの、病院の医師は"急性心不全"と診断し、警察は"虚血性心疾患"として発表します。

しかし、身体のキズや関係者の発言を不審に思った両親は、力士の遺体を別の都道府県にある法医学教室に運び承諾解剖を依頼しました。

解剖の結果、"外傷性ショック"と診断され、相撲部屋関係者による暴行が発覚します。

最終的に、親方や兄弟子の合計4人が有罪判決を受けました。


この事件は、前述の【パロマ湯沸器死亡事故】と合わせて、日本の死因究明制度を改めて見直すきっかけとなった重要な事例として扱われています。

身体に多数の外傷がありながらも、当初の死因は病死である急性心不全とされており、我々法医学者からしてもこれはかなりショッキングな出来事でした。

特に外因死を見逃した警察には大きな衝撃を与え、事実、この事件以降、不審死に対して検視を行う検視官が増員され、その後実際に検視官が現場に赴き検視を行う頻度="臨場率"も上がりました。


医療機関によっては検視や解剖の依頼はハードルがまだまだ高いところもあるのかも知れません。

それ自体が問題なのですが、医療従事者も見て見ぬ振りをせず、医療人としての適切な対応が強く求められます。



【首都圏連続不審死事件】(ウィキリンク)


埼玉県のある駐車場に停めてある車内で、男性の遺体が発見されます。

一見して練炭による自殺かと思われましたが、不審点も多く、警察は捜査を始めます。

捜査の結果、男性と交際していた女性が被疑者として浮かび上がります。

その女性は他にも多数の愛人がおり、その中にも過去に不審死している愛人がいることが判明します。

最終的に3人の男性に対する殺人について訴追され、死刑が確定しました。


この事件では、当初自殺として扱われていたご遺体もあったことから、明確な死因の情報がないというのが争点にもなりました。

亡くなったご遺体は物を言いませんから、ある意味「解剖所見が唯一の言葉」と言える状況もあるわけです。

たとえ犯罪性の有無の判断だけであろうと、外見(検視)だけで判断する現状は厳しいのではないのか?とすら個人的には思っています。。



【関西青酸連続死事件】(ウィキリンク)


京都である男性が自宅で亡くなります。

解剖が行われ、その結果死因は"青酸中毒"であることが判明します。

捜査を進める中で、妻である女性の周辺で過去に男性が多数死亡しており、その数億円にもおよぶ遺産を女性が受け取っていたことも判明しました。

当初は否認していたものの、後に前述の男性を含め、他の男性に関しても青酸による殺害を供述し、最終的には3件の殺人罪+1件の殺人未遂罪で起訴されています。

地裁判決は死刑、高裁判決も控訴棄却で死刑判決を支持し、最高裁でも上告棄却となり死刑が確定しています。


法医学においても殺害に"青酸"が使用されたことが大きな衝撃を与えました。

この事件でも前述の【トリカブト事件】と同様、事件発覚後に保存していた血液を分析することで過去の青酸中毒が証明されました。

このように、中毒死ではより注意深く死因究明することが求められます。

そして何よりきちんとサンプルは採取・保存し、後に検査も行えるようにしておくことが重要です。(ただしその保管に関して各法医学教室の持ち出しなのは大きな問題です)



【寝屋川市中1男女殺害事件】※未確定 (ウィキリンク)


大阪で中学生の男女2人が行方不明となり、その後遺体となって発見されました。

捜査の結果、ある男性が被疑者として逮捕・起訴されています。


まだ裁判が確定していないので簡単な記載となります。

この裁判で、男女の死因は"窒息"と判断されて、その根拠の"ピンク歯"や"頭蓋底のうっ血"が挙げられているようです。(参考記事:「ピンク歯」)

これらが最終的にどう判断されるのか...今後も注目したいと思います。



【山本病院事件】(ウィキリンク)


不要な治療や検査、手術を行うことで診療報酬を不正に受給したとして、奈良県のある病院の院長と理事長が逮捕されました。

そして、その中で不要な肝臓手術を行い、患者である男性を死亡させた疑いも浮上します。

この一件については、院長は控訴棄却の有罪・実刑判決が確定しました。


ところが、遡ることこの取調中、主治医であった医師が警察署内で倒れ、死亡します。

元主治医の死因は"急性心筋梗塞"でした。

後になり、別の法医学者が当時のその主治医の司法解剖結果を調べたところ、取調中に暴行を受けた可能性があることがわかり、告発状が提出されました。

元主治医の遺族は、適切な治療を怠ったとして奈良県に対し損害賠償請求訴訟を起こしていますが、最終的に上告棄却となり原告側敗訴しています。


特に法医学的に注目されるのが、後半の"拘留中の元主治医の死"です。

原告は、死因は心臓ではなく殴打等による急性腎不全からの多臓器不全を腫脹していたようですし、前述の【時津風部屋力士暴行死事件】に似た状況を想定していたのかも知れません。

最終的には急性腎不全は裁判官に認定されませんでしたが、食い違う意見について判断を下す裁判官の責任は改めて重大だと感じます。



【紀州のドン・ファン死亡事件】※未確定 (ウィキリンク)


和歌山県の資産家男性が亡くなり、解剖の結果、死因は急性覚醒剤中毒と判明しました。

男性の妻が被疑者として逮捕され、現在裁判が続いています。


こちらはまだ比較的最近なので記憶に新しい人も多いのではないでしょうか。

【関西青酸連続死事件】に似たように薬毒物による死亡ということで、法医学的に大変難しい点もあったと思います。

今後の全容解明を待ちたいと思います。



以上、7件でした。


前回の少し古い事件では、毛髪鑑定や導入当初のDNA鑑定といった不確定要素に基づく複雑さや重要性もありましたが、近年になってくると"死因究明制度"に関する事案が増えている印象があります。

どの事件でも言えることですが、解剖を含め死後検査が無ければ話が前に進めないことも多いです。

ですので、これらの事件をみることで、いかに法医学が社会的にも重要か?というのが少しでも理解してもらえればと思います。


またこういう事件の経験からか、法医学の重要性はさらに叫ばれるようになってきたように私自身も実感しています。

ただ昨今の流れというは、警察主導の死因究明制度が主な気もしています。

しかし、過去の事例を振り返ると、決して警察だけに任せてよいものでもありません。

中立な立場として、法医学者自身も自分たちの責任を重く感じ、活動していく必要があると強く感じますね。