法医学者と臨床医の実務連携の弱さ (診療情報提供書)

今回のテーマは「法医学と臨床医学の連携に関する実務上の問題」です。


我々法医学者は解剖に際して、かかりつけ医や搬送先病院から(診療)情報を頂きます。

これは死因究明するのに当たって絶対不可欠と私は思っています。

しかし、そういった診療情報を提供いただけない医療機関が多いのが現状です。

私は『まだまだ両者の連携は弱い』と感じています。


今回はその現状について書いていきたいと思います。



そういった診療情報を、我々は警察官を介して頂くことがほとんどです。

ですが、実際多くの警察官が「病院の先生は何も教えてくれませんでした...。」と言ってきます。


【臨床医の先生が診療情報提供書を書いてくれない要因】にはいくつかあると思います。

・故人のプライバシーの関係
・医師の多忙
・法医学からのフィードバックの無さ
・訴訟リスクへの不安
・警察への不信感
・警察官の(医学)知識不足

私も曲がりなりにも臨床をかじっていたので、医療機関側の気持ちも多少分かっているつもりです。



『故人のプライバシー』

これは個人的に1番大きいと思っています。

というか、実際に「これ(プライバシー)を理由に教えてくれない」と言う警察官が多いんですよね。

ある程度キチッとした大病院では、内規で厳しく患者情報の運用が決められており、なかなか難しいところもあります。

法律学的には「死後に関しては個人情報やプライバシー侵害は起こらない」とも聞きますが、遺族の関係なども考えるとそう簡単にはいきませんよね。


ただ他の理由であっても、これを看板にして断っているケースもあるような気はします。



『医師の多忙』

これは救急病院や個人経営の診療所でよくあります。

診療情報提供書を書くためには、実際に作成する時間もそうですが、記載内容を考えたりするためにゆっくりと時間を取る必要があります。

ご遺体が搬送される病院は多忙な場合も多いですから、患者ファーストと言われると、我々への診療情報提供の作成はどうしても後回しになってしまうのだと思います。



『法医学からのフィードバックの無さ』

これは法医学としてもきちんと考えないといけない問題だと私は思っています。

実際に臨床医の先生が診療情報提供書を作成してくれて、それがきちんと法医学者の手に渡ったとしても、司法解剖の場合などでは、捜査の関係でその結果を主治医にお伝えすることができないんですよね。

ちなみにこれは相手が遺族であってもそうだったりします...。


ですので、せっかく苦労して診療情報提供書を作成しても、法医学からフィードバック(返書)がなければ、

「自分の診療情報提供書がどのように使われたのか?」
「診療情報提供書を受けて、結局どのような診断結果になったのか?」

これらを臨床医の先生が知ることができません。

こういう現状では、臨床医の先生が診療情報提供書を作成したがない気持ちも理解できます。


臨床医の先生は、法医学者が思っている以上に自分が診た患者さんの死因を気にされています。

そして、それを次の診療に生かそうと志高くいらっしゃいます。

だからこそ、我々法医学者もできる範囲でできる限り解剖結果等をお返事することで、医学の発展という意味でも、フィードバックができると良いのではないか?と思います。

そのためには、大きな死因究明制度の構造改革が必要ですが...。



『訴訟リスクへの不安』

これは決して"医療事故"という意味だけではありません。

決して臨床医に全く非がない(関係がない)ケースであっても、場合によっては警察から事情を聞かれることもあります。(運ばれてきた人が犯罪に関係していた場合など)

そういうケースで、ドタバタした臨床現場で時間に追われながら診療情報提供書という文字に診療内容を残すことは避けたい気持ちもあるのかも知れません。

言葉は悪いですが、ようは「面倒なことに首を突っ込みたくない」というところでしょうか。



『警察への不信感』

これは先ほどの「訴訟リスクへの不安」にも通ずるところはあると思います。

過去の医療裁判を振り返っても、裁判は必ず『医師(弁護側) vs. 検察・警察』という構図になっていますからね。


他にも理由はいろいろあると思うのですが、そもそも臨床医の先生の中には警察自体を嫌っている先生も少なくないです。

「こちら(医療)の事情を考えない」
「院内ルールに従わない」
「話が細かい」

等々は、今も臨床医をしている先生から聞いた実際の声です。

このような感情的な要素も関係しているのかも知れません。



『警察官の(医学)知識不足』

警察官が医学知識を持っていなくても、別にそれは当たり前のことなんですよね。

問題なのは「その警察官を介して情報をやる取りすること」だと思っています。


診療情報に関しては、診療情報提供書という形を通して、『(臨床)医師→(法医学)医師』という構図なわけです。

しかし、書類ではなく口頭で臨床医から警察官に説明がなされて、警察官から法医学者がその話を聞くという場合を考えてみます。

書類を避けたがる臨床医の先生では、こういった場面も実際によくあります。


この場合、間に警察官が入ってしまうので、その情報が曖昧になったり不正確になることも少なくありません。

例えば、既往歴の病名に関しても、左右どちらかを聞いていなかったり、ざっくりと心臓病とは聞いていても何の心臓病なのか?等...。

おそらく捜査の上でも実際に診察した医師に警察官が参考意見を聴取することがあるかと思うのですが、医学に関する知識不足から聴取がもたつくこともあり、それにイライラしたという臨床医の先生の声も聞いたことがあります。


ただこれらに関して警察を責めるのは全くおかしい話です。

だって、警察官は医学のプロではないのですから。

むしろ『専門外なのに頑張って聞いてきてくれたんだな』と私なんかは思うくらいです。


これも現行のシステムに起因する問題であり、現状は如何ともしがたいとは思いますが、大きな問題点だと思っています。



以上、【臨床医の先生が診療情報提供書を作成したがらない理由】を私が実際に臨床医をしていた頃の経験も含めて書いてみました。

なかなか根の深い問題もあり一筋縄にはいきませんが、何とかしていきたいものです...。


死因究明は法医学者だけの力では成し得ません。

解剖から得られる情報なんて、その人が描いてきた人生から言うとほんのごく一部に過ぎませんからね。

そのため、遺族や警察はもちろん、同じ医療従事者である"病院関係者"の協力は必要不可欠です。


特にご遺体を生前から診ているかかりつけ医や主治医の先生のご意見・見解というのは、我々法医学者の判断なんかよりも真実を表しているのではないか?と思うことさえあります。

『その方が生前にどのような経過を辿っていたのか?』というのは決して遺体をみるだけでは知り得ない、でもとても重要な情報です。


死因究明は法医学だけではなく医療全体で取り組むべきテーマです。

法医学者だけが頑張っていても駄目ですし、かといって臨床医の先生にお願いしてばっかりでもいけません。

お互いに協力し合って、正確でより死因究明制度を構築していくべきだと思います。