ピンク歯

今回はいろいろと議論になる"ピンク歯"について書きたいと思います

この"ピンク歯"については、我々の業界でも捉え方は様々であり、決定的な結論は出ていないのが現状です。

この記事でもピンク歯について取り上げていますが、あくまでひとつの考え方であることを十分理解した上で読んでいただきたいと思います。



"ピンク歯"とは文字通りピンク色に着色した歯のことを言います。

通常は白〜黄白色の歯ですが、その歯(歯冠や歯根)の象牙質という層が一部でピンク色に染まります。


ピンク色に着色する機序は以下が考えられています。

歯髄(いわゆる"歯の神経")がうっ血していると、死後にそのヘモグロビン(Hb)が溶血し、それが染みこんだものが歯を通して透けて見えると言われています。

またそのHbが一酸化中毒時の一酸化炭素(CO)に反応したり、腐敗菌を始めとする細菌によって産生されたCOに反応することでHbが一酸化炭素ヘモグロビン(CO-Hb)などに変化し、歯がピンク色を呈するということもあるようです。(この場合、ピンク歯の色調が長期残存する)

以前の"CO中毒"の記事にも書きましたが『CO-Hbは鮮やかな紅色』であることが有名ですので、そこからもイメージしやすいかと思います。

またそれらとは全く別の機序として、細菌自体がピンク色の色素を作り出すことで歯が染色されるとも言われたりします。


このピンク歯現象が起きやすいとされる条件が2つあります。

ひとつは ①窒息死、特に頚部圧迫によるものであること。

もうひとつが ②水中や地中などの湿潤な環境であること。

この2点です。


①は、頚部を圧迫されることで首から上がうっ血しますので、つまり歯髄うっ血が起こりやすい環境であるということです。

②については、調べてみてもあまり出てこないのですが、水中や地中にはピンク色素を産生する細菌がいるからという話を聞いたことがあります。


このうち前者①が問題になってきます。

つまり『ピンク歯所見があれば頚部を圧迫され窒息死したと言っていいか?』という問題です。

発生機序から【頚部圧迫→ピンク歯】というのは理解できますが、どこまで【ピンク歯→頚部圧迫】と言えるかが議論の分かれるところなんです。

確かに私自身も頚部圧迫による窒息死以外のご遺体でピンク歯をみたこともありますし、逆に頚部圧迫による窒息死のご遺体でもピンク歯所見のないものをみたこともたくさんあります。

なので結局は、その他の情報も加味して...となっちゃうんですよね。。


ただ現実はそんなに甘くありません。

例えば海や山から頭の骨だけが出てきて、それがピンク歯だったら、、、他に情報は全くなし。

極端な話、このピンク歯の判断次第では『首締めによって殺された他殺体』となるのか『単なる死後変化による非事件性の死体』となるか...そしてその後の警察捜査が大きく違ってくる可能性もあるわけです。

この判断ひとつで捜査や裁判の方向性が変わりかねませんよね。


そういう意味で"ピンク歯"はとても難しい所見のひとつなんですよ。

こうやって我々法医学者は大きな責任を負いながら自分の経験と知識から日々難しい判断をします。



今回の記事はいかがでしたか。

現象自体はそこまで難しくないのになんでそんなに問題になるの?と思った方も、この"ピンク歯"の難しさを理解してもらえたでしょうか。


所見やデータを取るだけなら、ある程度こなせばそこまで難しいものではないかも知れません。

しかし「解剖するだけ」や「検査するだけ」でなく、『責任を持って医学的な判断すること』こそが我々法医学者の最大の任務だと私は思います。