第100回医師国家試験 H問題 問28 [100H28]

100H28
50歳の男性.自宅で死亡しているのを発見された.近くに空の瓶と遺書とがあった.死体検案では,角膜混濁は軽度で,眼瞼結膜に溢血点はなく,瞳孔は左右とも縮瞳している.口唇と口腔内とには腐食性変化を認めない.アーモンド臭などの異臭はない.
死亡の原因として最も考えられるのはどれか.

a 青酸
b シンナー
c 塩酸
d 有機リン剤
e 覚醒剤




正答は【d】です。


[a] 誤り。青酸中毒死は、"紅色の死斑"や"呼気アーモンド臭"が有名です。また摂取方法には依りますが、教科書的には「"口腔内の粘膜障害(ただれ)"が認められる」とされています。文中に"口腔内に腐食性変化はない"や"アーモンド臭はない"とあえて記載されていますので、可能性は低いと考えた方がよさそうです。

[b] 誤り。 シンナー中毒では、特に主成分であるトルエンの尿中代謝産物;馬尿酸の検出が有名な所見です。直接死因は窒息なので、解剖所見としては"窒息死"と似たような所見になります。問題文から積極的にシンナーを疑わなければいけないような所見はなさそうです。

[c] 誤り。塩酸中毒死の有名な所見も経口接種による"口腔内の粘膜障害"です。こちらも"口腔内に腐蝕性変化はない"との記載から積極的に選ぶ必要はなさそうです。

[d] 正しい。有機リン中毒における有名な所見は何といっても"縮瞳"です。これは有機リンによる"ムスカリン様作用"のためです。ちなみに"有機リン"は農薬や殺虫剤に使用されています。

[e] 誤り。覚醒剤はむしろ"散瞳"が認められることが多いです。麻薬や大麻では"散瞳"が特徴的とされています。



薬物中毒死に関する文章問題ですね。

死因を問う問題はやや珍しいです。

国試的には「縮瞳 → 有機リン中毒」で一発問題なのだとは思います。

きっと正答率は高いのでしょう。


ただ法医学的に言えば、単に"縮瞳"があるからというだけで乱暴に"有機リン中毒死"と判断なんてしていませんよ。

"縮瞳"のような瞳孔所見は死後時間経過とともに消失してしまうので、感度は決して高くありません。

ですので、厳密に言いたいのであれば、他の薬毒物の可能性を除外するためにも、結局血中や尿中の薬毒物分析しなければならないのです。


というか、素直に問題を読むと、、、「いや、瓶の中身を分析しようよ!」とツッコミたくなりますよね。笑

実際に法医実務では、血中・尿中の薬毒物分析に加え、絶対に瓶の中身の分析も行います。

そこで"有機リン成分"が出てくれば、有機リン中毒の可能性がよりグンと上がりますし、

仮に出てこなかったり、別の成分が出てきたら「じゃあ縮瞳は何なんだ?どこに有機リンがあるんだ?」「もしかして別の薬物なのか?」ってなります。

結局言いたいのは、法医実務の上では、死因を確定するには薬毒物分析が必須であるということです。



ちなみに、問題文にも出てきた"アーモンド臭"ですが、これは"ピーナッツ臭"(=炒ったアーモンド臭)とは全く違います。

どちらかと言えば杏(アンズ)のような"甘酸っぱいにおい"と言われています。

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