法医学における感染症対策の脆弱性 (新型コロナウイルス・ワクチン)

新型コロナウイルス(COVID-19)が猛威を振るっています。

そうした中、徐々に国民にもワクチン接種が広がってきています。


地域にもよるとは思いますが、我々法医学者については、医療従事者等の"等"に含まれる職種として、一般の方よりも早い段階でワクチン接種を行いました。

もちろん私自身も2回のワクチン接種を完了しています。

私個人の話で言いますと、一般の方へのワクチン接種のお手伝いもしています。


今回はこのCOVID-19やそのワクチン接種を含め、【法医学における感染症対策の弱さの現状】について考察していきたいと思います。



新型コロナウイルスに関するあるアンケート調査では、

・感染症対策用の解剖台
・個人防護具の供給
・剖検に従事するスタッフの確保
・施設の方針

が問題として挙げられています。

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これについても触れましょう。


なお私は感染症専門医ではありませんので、あくまで一般医師としての実感になります。

また"新型コロナウイルス感染死"や"ワクチン接種関連死"についての話ではないのでその点は悪しからずご了承ください。



冒頭にも書いたように、私のいる地域では、法医学者にも"医療従事者等"としてのワクチン接種が行われました。

これは『自治体等の新型コロナウイルス感染症対策業務で、新型コロナウイルス感染症患者・疑い患者に頻繁に接する業務を行う職員』に類すると判断されたからだと私は思っています。

ただこの法医学者に対するワクチン接種の動きは、地域によってスピード感がまちまちだったと聞きます。


法医学者は"明確な医療従事者"ではない(と判断されてしまっている)ようで、病院勤務者のように全国一律に接種が始まったわけではありませんでした。

私自身も実際に法医学教室でネゴシエートした人間ではないので詳細は分かりかねますが、場合によっては一般接種枠でのワクチン接種になっていた可能性は十分あります。



そもそもまず議題のひとつに『法医学者は感染リスクが高いと言えるのか?』というのは確かにあると思います。

これに関しては、当然にして「感染リスクは高い」と私は思っています。


法医学においては、結核に感染したご遺体を解剖した執刀医など7名が結核に感染したというニュースも数年前実際にありました。

これは結核ですが、COVID-19の感染力の強さを考えると、法医学者も決して感染リスクがないとは言えません。


ただし、私が知る範囲では、現時点で『実際に執刀医がご遺体からのCOVID-19に感染したケース』は世界においても今のところなさそうです。

COVID-19が流行りだした頃に『COVID-19に感染していた遺体から感染った』というケースレポートが海外から出ましたが、その後取り下げになっています。

これは「本当にその遺体から感染したのか?」という指摘があったからです。

要は「通常の市中感染だったのではないか?」ということです。


これは今後も言えることで、「COVID-19(+)の遺体から感染した」というのを主張するには、それ以外の感染経路を否定しなければなりません。

今後も市中で感染者がどんどん増えていくと、その証明はより難しくなっていくでしょう。

遺体から感染したのか?
市中で感染したのか?

この証明は簡単ではないというわけです。(その解剖室にいた人達が同時期に高率で感染すれば...)



何にせよ、法医実務上では、飛沫感染や空気感染、接触感染などの感染症対策は必須なわけです。

それにも関わらず、法医学における感染症対策はまだまだ脆弱だと私自身は感じます。


前述のように全国の法医学教室を対象としたアンケート調査では

・感染症対策用の解剖台
・個人防護具の供給
・剖検に従事するスタッフの確保
・施設の方針

が問題として挙がりました。


今でこそ空気の流れを作って飛沫を防止するラミナーテーブルの解剖台を導入している法医学教室が多いと思いますが、今でもそういった機能のない解剖台を使っている施設もあると聞きます。

また陰圧環境を作り出すことで外に外気を漏れ出さない"陰圧解剖室"を持っている法医学施設は東京都観察医務室などの日本でもごく限られた施設にしかないんです。

もちろん手袋を3重にしたりディスポーザブルのガウンを着たり、最近はN95マスクは必須で普段からしています。(参考記事:「解剖時の手袋」「解剖時の服装」)

しかし、それ以上にもっともっと感染症対策をしっかりするべきだと私自身は感じています。

「我々法医学者は感染リスクが高いんだ」と主張するなら、なおさらまずはハード面くらいはせめてきっちりできていなければなりません。


あと「施設の方針」というのも大きな問題です。

実際に、新型コロナウイルス感染陽性のご遺体における司法解剖で、医療事故が疑われていたものの、大学側が感染対策設備が不十分であることを理由に受け入れ困難、結局解剖されなかったという事例がニュースになっています。

これに関しては、「法医学教室の方針なのか?」「大学自体の方針なのか?」は分かりません。

しかし、実際問題としてこういうことが起きてしまっているわけです。

今は改善されているのかも知れませんが、早急に解決すべき問題だと思います。



また同アンケートでは、法医解剖におけるPCR検査についても調査されています。

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この結果をみると、

・どこがPCR検査を実施してくれるのか?
・誰がその検査費用を負担するのか?

このあたりが明確でないという問題が浮かび上がっています。

全て法医学教室が持ち出しで独自に検査すべきなのでしょうか...?



感染症対策というのは公衆衛生でもありますから、「疑われるから検査する」のではなく「全例一律に検査する」が絶対だと私は個人的に思っています。

これは賛否両論あるのでしょうが...。

ただ現実にはそうもいかないことが多いです。

お金もかかってきますからね。。

それでも人の命や健康が関わる話ですので、そんなことを言ってる場合じゃないと思います。

是非とも今後法医学における感染症対策が全国的により一層強化されることを願うばかりです。