圧死・外傷性窒息

今日は"圧死"について書いていきます。

"圧死"と聞くと「ぺちゃんこになって...」なんて思う方もいるかもしれませんがそうではありません。

我々の業界では"圧死"を「潰されたことによる直接的な死亡」の意味で使用していません。

実は"圧死"は窒息の一種なんです。



圧死:胸腹部が圧迫されたりして胸郭が固定され、それにより呼吸運動が障害されて起こる窒息死。

つまり気道自体は開通していて問題ないんですよね。

一時期はかなり社会問題となった"失神ゲーム"もこの窒息の形態に当てはまります。

詳しくみていきましょう。



まずそもそもの"窒息"について少しお話する必要があります。


以前の[一酸化炭素の記事]で"内窒息"と"外窒息"の違いに触れました。

"内窒息":酸素の利用障害による細胞レベルの窒息。 例.)一酸化炭素中毒、硫化水素中毒...など
"外窒息":外の酸素とのガス交換が障害されることによる窒息。 例.)縊頚、圧死など


そしてさらに、この後者の"外窒息"は大きく分けて3つのタイプがあります。


①気道閉塞による窒息:首絞め、誤嚥、溺水など (参考記事:風呂溺)
②呼吸運動障害による窒息:圧死、フレイルチェスト、呼吸筋麻痺、体位性窒息など
③低酸素環境による窒息:火災による焼死、下水検査中の事故、ガスパン遊び・ヘリウムガス事故など

※①の閉塞部位でさらにこれを細かく分類することもある


このうち皆さんがイメージする窒息はやはり①だと思います。

ただ今回の圧死は②に当てはまります。



呼吸するためには胸(肺)を膨らます必要があります。

皆さんも呼吸する自分の胸を見ると、呼吸に伴って胸が大きく動いていることがわかると思います。

つまり『呼吸をするためには胸を膨らます必要がある』んです。

逆を言えば『胸(肺)を膨らませられないと呼吸ができません』

この【胸(肺)が膨らませられないことによる呼吸障害・窒息】が"圧死"なわけですね。


東日本大震災では津波で溺死されたご遺体が多かったのに対して、阪神淡路大震災ではおよそ8割の方が"圧死"で亡くなられたというのは有名な話です。

これは家屋の倒壊や家具の転倒によって挟まれてしまったことが原因と言われています。



ちなみに呼吸運動が障害されるのは"圧死"だけではありません。

その他の原因として、上記の例に挙げたように、

・フレイルチェスト
・呼吸筋麻痺
・体位性窒息

などがあります。


・フレイルチェスト(胸郭動揺):肋骨が複数箇所・複数本折れてしまうことによって、呼吸時にその骨折部位がベコベコしてしまう状態。

もっとちゃんと書きますと...笑

陰圧の胸腔に存在する肺は、呼吸に伴う横隔膜の動きにによって膨らんだりしぼんだりするわけですが、「複数箇所・上下連続して肋骨骨折している」と、『息を吸うと骨折部が凹み、息を吐くと骨折部が凸る』という、骨折部位が本来の胸の動きとは逆に動く現象が見られます。(奇異呼吸)

このため、空気の取り込み量が通常呼吸時より減少してしまうんですね。

教科書的には、『2箇所以上折れた肋骨が3本以上連続する場合』と言われます。

この病態は、臨床救急においても「緊急性の高い疾患のひとつ」として知られています。


・呼吸筋麻痺:呼吸運動を司る神経が障害されることによる麻痺。

これは具体的に破傷風菌、ボツリヌス毒素、フグ毒(テトロドトキシン)、有機リン中毒などが法医学では挙がってきます。

臨床では、重症筋無力症やギランバレー症候群、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などが有名でしょうか。

この場合も同じく呼吸運動(肺を膨らませること)ができないことによって窒息に至ります。


・体位性窒息:呼吸運動が障害されたり気道を閉塞するような体位に陥り、その姿勢から逃れることができない状態下で起きる窒息。

アルコールなどの影響下で起こり得るとされ、あくまで除外診断です。

これは比較的近年になって欧米から提唱され始めた概念であり、まだまだきちんとその概念が確立しているわけではないので、死後診断には注意が必要です。



以上、今回は呼吸障害による窒息について取り上げました。

"窒息"は法医学でもかなり大きなテーマのひとつなんですよね。

その中でもやはり縊死(首吊り)や溺死といった①気道閉塞による窒息がメインではあります。

今回の②呼吸運動障害による窒息や③は、確かに窒息の中ではマイナーと言えるのかも知れません。

その上さらに②や③は死後診断が困難なことが多いんですよね...。

だからこそ勉強し甲斐があるのですが。

またの機会に③低酸素環境による窒息についても掘り下げたいものです。