死因の競合 (共同・連合・競存・連立)

今回のテーマは"死因の競合"です。

この言葉を聞いたことがある人は少ないと思います。

しかし、法医学者にとってはとても重要な考え方で、死因を考える上で必須の知識なんです。

今回はそんな「死因の考え方」について書いていきたいと思います。



ご遺体を目の前にした際、致命傷が1つだけであれば死因を判断するのは簡単です。

しかし、現実はそんなケースばかりではなく、損傷・疾患が複数存在する場合が多々あります。

この場合に問題になるのが『その中のどれが"真の死因"なのか?』ということです。


例えば、殺人事件で考えますと、この"真の死因"に関わる損傷を与えた人こそが殺人を起こした張本人になるわけです。

仮に傷だけみると致命傷なキズであっても、それが死後に損傷したキズなら"真の死因"にはなり得ませんよね。

この場合は、"殺人"ではなく"死体損壊"の張本人ということです。


こういった理由から、複数損傷がある場合に「何が"真の死因"なのか?」を究明することは法医学医に必至のテーマです。

それでいて、実際にこの"真の死因"を判断するのは簡単ではありません。

その判断の際に使う分類が"死因の競合"になります。



"死因の競合"には以下の4つの分類があります。


①死因の共同:単独では死因とならない複数の損傷(A, B)が合わさって死に至った場合 (A+B)

②死因の連合:ある損傷(A)が起因となり、続発的に起きた損傷(B)で死に至った場合 (A→B)

③死因の競存:複数の死因になり得る損傷(A, B)はあるが、その一方が死因と判断できる場合 (A>B)

④死因の連立[共存]:複数の死因になり得る損傷はあるが、そのうちどれが死因か判断できない場合 (A or B)


これだけでは何も分からないと思うので、詳しくみていきましょう。



①死因の共同 (A+B)

これは、2つ以上の損傷・疾患(A, B)が合わさって致命傷となっているケースを指します。

ここでの、AとBは「同じ性質」かつ「同じ程度」である必要があります。

また、場合によっては、A,Bはそれぞれ単独では致命傷ではないが、それらが合わさることで初めて致命傷になり得るようなケースも含まれています。

一見死因となる損傷や疾患がなくても、複数重なることで死に至ってしまうような場合ですね。


例を挙げると、「細い血管が複数切れて失血死した」などです。

この場合は、細い血管1本だけでは死ぬことはないですが、複数血管であれば死に至ると判断できます。

ただし、そんな軽微な損傷が「どれくらい合わさる・重なると死に至るのか?」という箇所の判断は実際は難しいです。

いろんな状況を加味した上での判断になるので、「1本なら大丈夫でも、2本なら?3本なら?...」といった単純な話で済まないからです。

ここにこそ法医学医としての経験や知識が必要とされる部分かと思っています。



②死因の連合 (A→B)

こちらは、最初に起きた損傷・疾患(A)に続発して致命傷となる損傷・疾患(B)が発生し、そのBによって死に至った場合を指しています。


例えば、「外傷後に気道出血(A)し、それを吸引し窒息(B)した」などです。

ここでは「AからBは起こり得るのか(続発するか)?」という経験や知識が必要とされます。

「多量の気道出血が窒息を起こした」くらい簡単であれば判断に迷うことはないと思いますが、それも状況や程度によっては判断は難しくなります。(例えばその気道出血の出家量がかなり少なければどうでしょうか...?)



③死因の競存 (A>B)

このケースでは、単独で致命傷となる損傷・疾患(A, B)が複数認められますが、そのうち"真の死因"がどれかを特定できます。

ある意味で、法医学医にとってはすっきりできるケースです。

ただし、誤って"真の死因"ではない損傷・疾患を"真の死因"と誤診してしまわないように十分注意しなければなりません。

前述の殺人事件で言えば、真の犯人が変わってしまう恐れがありますからね。



④死因の連立[共存] (A or B)

③の競存に対して、この"連立"では、複数の損傷・疾患が存在し、そのうちどれが"真の死因"か?特定し得ないケースです。

個人的にはモヤッとするケースです...。


例を挙げると、以前書いた"焼死"の考え方に似ています。(参考記事:「焼死と火傷死」)

火災に関連した死因には、熱傷の他に、低酸素血症やCO中毒、その他の有毒ガス中毒などがありますが、それら各疾患の死因への寄与度が優劣つけがたい場合に、全てを総合して"焼死"と判断します。


この"連立"の場合、実務上?便宜上?は『"真の死因"はAとBの両方である』と判断されます。

しかし、実際は①の"共同"的な要素があるかも知れませんし、③"競合"(どちらかが優先的に死に寄与した)かも知れないわけです。

そうなってくると、もしこの"連立"と判断された損傷の一方が、"真の死因"ではなかったとしたら...。

もちろんそれが分からないからこそ④連立として判断されるわけですから、真実を知りようはありませんが、個人的にはすごくモヤモヤします。。



以上が"死因の競合"の4分類でした。

基本的には、複合的な損傷や疾患がある場合、前述の4つのどれかに分類できるとされます。

しかし、明確にその4つのどれかに分類するのは実際には簡単なことではありません。

もしその判断(分類)を誤るとその影響も重大です。

従って、この判断をするのは法医学医にとってもかなりのプレッシャーです。

そう考えても、法医学医は責任の重い職業です。