"死因の種類"は何故あるのか?

人が亡くなった際に医師が発行する"死体検案書(死亡診断書)"。

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多くの方がその中の、

・死亡したとき
・死亡の原因

を気にされると思います。


確かに死亡時刻や死因というのはこの書類のメインです。

この欄の記載は、我々法医学医も可能な限り正確にと日々頑張っています。


しかし、もしかするとこれよりも神経を使っているかも知れないのが"死因の種類"欄なんです。

これについては実際に検案書を書く法医学医にしか理解されない悩みなのですが...。(解剖助手さんにすらなかなか伝わらない、、、)

今回はそんな法医学医を悩ませる"死因の種類"について書いていきたいと思います。




『死因の種類』:文字どおり死因の種類を分類分けしたもの。[1. 病死及び自然死]~[12. 不詳の死]までの⑫個の番号から1つだけ選択する。

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これは大事なので⑫個全て挙げます。


①病死及び自然死

②交通事故
③転倒・転落
④溺水
⑤煙、火災及び火焔による傷害
⑥窒素
⑦中毒
⑧その他

⑨自殺
⑩他殺
⑪その他及び不詳の外因

⑫不詳の死


改行は意図的に空けています。

下記のようにグループ分けされます。

①:"病死"
②~⑧:"不慮の事故"
⑨~⑪:"不詳の外因死" (※不慮の事故を除く)
⑫:(全くの)"不詳"


これが原則です。


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画像の中段には"死因の種類"の決め方が書かれています。

「このようなケースでは、これにしましょう」みたいな事例がそれなりに具体的に書いています。


そして下段に移ります。

死因の種類は『最も死亡に近い原因から、医学的因果関係のある限りさかのぼって疾病か外因かで判断』とされています。

つまり通常は「"原死因"(一番下に書かれた死因)と"死因の種類"は対応」するように選択します。



以上が死亡診断書記入マニュアルに書かれた記載ルールです。

これでどんな症例であっても迷うことなく、死因の種類を決められるでしょうか?

...答えは否です。

こんな少ない記載だけで、ゴマンとあるご遺体の状況を分類できるわけがないんです。


具体例を挙げてみましょう。



「投身自殺」の死因の種類は何か?

これは③転倒・転落か?⑨自殺か?ということですね。

この場合は「⑨自殺」です。



「自殺目的に薬物を服用し、数ヶ月後にその服用による障害で亡くなった場合」はどうか?

これも「⑨自殺」です。



「⑨自殺か、②~⑧不慮の事故か分からない場合」はどうか?

外因死であることが確実なら「⑪不詳の外因」、外因死かもはっきりしない場合は「⑫不詳の死」です。



それでは「統合失調症の方が自死された場合」はどうでしょうか。

・統合失調症という病気による①病死
・単純に⑨自殺

...このケースに関しても、後者の②自殺であると言われています。

統合失調症の悪化による自死であっても、病死には分類されないということのようです。



他にも以下のような架空のケースも挙げてみます。


・心筋梗塞を発症して意識を失い、交通事故を起こしてその衝撃が直接的な原因で亡くなった

・脳動脈瘤のある人が友人と喧嘩し殴られた直後にくも膜下出血で亡くなった

・手術を行った患者さんが医師の言葉を無視してお菓子を食べていたことから糖尿病が悪化し、創部感染が助長して感染症で亡くなった

・普段から自殺をほのめかしていた人が、泥酔状態で車を運転し橋から川に落ちて溺水で亡くなった


例えば最後のケースなんかでは、「②交通事故」「③転倒・転落」「④溺水」「⑦中毒」「⑨自殺」どれなんでしょうね。

また調べきれていないだけで、解剖をすると心筋梗塞が発覚して①病死になり得るかも知れません。(むしろ①じゃなかった時の方が難しい...)


このように、文章で書くと一見簡単そうに見えるのですが、実務の上ではすごく難しいことばかりなんですよね。

私がドラマや小説をみて1番リアリティを感じないのがこの点だったりします。

とは言え、これはなかなか文章などでは表現できないのだとは思いますが...。



そもそも何故この"死因の種類"があるのか?

実務上は「保険請求のため」というのが頻度として大きいです。


「病気によって亡くなったのか?」
「不慮の事故によって亡くなったのか?」
「過失によって亡くなったのか?」

こういったことを保険会社が約款と照らし合わせながら"死因の種類"から判断し、保険金を給付するというわけですね。

他にもこの"死因の種類"は、当然警察の捜査や裁判での判断材料にも使用されます。

法的効力を持つとても重要な項目なんですね。



そんな重大な項目を医師は決めなければなりません。

(例えば)自殺なのか?事故なのか?というのを判断する、、、責任重大です。

一歩間違えば故人や遺族の尊厳、権利、場合によっては社会に影響与えかねません。


そうやって苦悩しながら"死因の種類"を毎回判断しています。

海外では死因を含めて、こういったことを法廷で決めるところもあるようです。(参考記事:「死因審問」)

日本では原則医師が判断するのです。


ただどう考えてもこの"死因の種類"は我々法医学者が行う解剖や検査だけでは決め切れないですよね。

我々法医学者は現場に行くこともなければ、周辺捜査ができるわけではないですから。

これは日本においては警察のお仕事になっています。

ですので、警察の情報無しにはこの"死因の種類"はなかなか決めがたく、警察とは持ちつ持たれつなのです。


これこそ法医学医の悩みの種ですね。



以上、"死因の種類"について書いてきました。

死体検案書や鑑定書の内容は全て記載した法医学医の責任ですからね。

この悩みはいつまでも消えることはないのでしょう。