臨床法医学とは

「生きている人」も診る法医学領域である"臨床法医学"。

"児童・高齢者虐待"や"DV被害"などに関連して、最近は世間でも注目を浴びつつある分野ですよね。

実際に法医学に興味があると言う医学生さんとお話してみても、この"臨床法医学"に興味を持っているという学生さんが最近割と多い気がします。

今回はそんな"臨床法医学"について理解を深めていきましょう。


この記事では、

『そもそも"臨床法医学"とは何なのか?』
『実際に"臨床法医学"では何をしているのか?』

について主に書いていこうと思います。



『"臨床法医学"とは何なのか?』


"臨床法医学"という言葉の明確な定義はないようです。

日本法医学会の用語集にも現時点ではまだ載っていません。

『"臨床法医学"とは、生きている人を対象とした法医学である』といった尤もらしい表現がされますが、結構漠然としていますよね...。


私もいろいろ調べてみましたが、結局のところ、、、

法医学のうち【"生きている人"に関連した法医学領域すべて】

とざっくり考えても良さそうです。


そういう意味で、本来は広く"賠償医学"や"DNA鑑定"、"薬毒物検査"なども含んだ概念とも言えます。(参考記事:「DNA鑑定」)

賠償医学:損害賠償や保険等に隣接した医学的問題を扱う法医学分野
例. 交通事故, 労災, 医療事故...etc

また虐待等を歯学の観点からみていく"臨床法歯学(臨床法歯科医学)"というのも含まれ得るでしょう。


ただやはり近年日本でよく聞く"臨床法医学"という言葉は、専ら"虐待"(特に"児童虐待")に焦点を絞った意味合いで使われることが多い印象はありますね。



ちなみに海外の定義を見てみますと、、、

[Clinical Forensic Medicine=臨床法医学]

Clinical Forensic Medicine is that branch of medicine that deals with both the provision of clinical services (i.e., diagnosis, treatment, and management) to patients and the medicolegal aspects of patient care.
※ From: Encyclopedia of Forensic and Legal Medicine (参考URL:ScienceDirect)

→ 日本語訳
臨床法医学とは、患者への臨床サービス(例えば診断、治療、管理)の提供と、患者ケアの法医学的な側面の両方を扱う医学分野である。


こうなってくると、日本でよく言われる"臨床法医学"とは少し違った印象ですよね。

日本では、後段の"法医学的な患者ケア"(=犯罪被害、特に性被害などの被害者ケア)は、"法看護"として有名です。(参考記事:「法看護」)



ということで、日本における"臨床法医学"は【"生きている人"に関連した法医学領域すべて】というもっと広い意味と捉えらることができそうですね。



『"臨床法医学"では何をするのか?』


前述のように、海外でいう"法医学的な患者ケア"に関しては"法看護"としてまた別の記事で触れるとして...。(参考記事:「法看護」)

ここでは、日本でよくイメージされる「虐待に関する"臨床法医学"」に絞っていきます。


こういった"虐待"における臨床法医学業務の典型は「創傷鑑定」です。(参考記事:「創傷」)

虐待が疑われるキズにおいて、

・何によって出来たか?
・どのような状況で出来たか?
・いつ出来たか?どれぐらい経っているか?
・どれくらいで治るか?
・他にキズはないか?
・故意的か?事故的か?

このようなことを考えて、記録します。

そして必要な際にいわば"証拠"として提出するわけですね。


こう考えると、臨床法医学の業務は、法医学者がご遺体に対して普段行っている実務と殆ど変わらないことが分かると思います。

本当に対象が"ご遺体"から"生きている人"になっただけですよね。

「生きている人が対象なら、それは臨床医の領分ではないのか?」(≒法医学者が出しゃばるなんて...!)

と思う人もいるでしょうが、こういう理由もあるからこそ、この領域で法医学者が活躍し得るポテンシャルがあるんですね。


また臨床医がこの業務を担うことになると、そういった技術的な問題もそうですが、"時間的な負担"というのも現実的な問題となります。

診断書や鑑定書自体を作成する時間はもちろん、その書類が裁判等で使用されることになると、場合によっては出廷する必要があります。

日々多忙な臨床医が、苦しむ患者さんを差し置いてそういう業務に当たるというのは当然大きな負担にもなり得ます。(精神的にも)

法医学者が暇なわけではありませんが「臨床医よりも時間的な都合を合わせやすい」というのは実際あると思います。



とは言え、この分野も今まさに成長過程にある分野ですから、まだ実際に全国で統一されている業務・実務のシステムというのはありません。

各大学や施設でそれぞれ「生きている人に対して法医学者は何ができるか?」というのを考えながら試行錯誤しているところなわけですね。


私も勉強会や本で聞き知った程度なので恐縮ですが、ある大学では法医学と小児科がコラボレーションして、大学病院内に"臨床法医外来"というのを開設したりしています。(参考ニュース記事:千葉新聞日報)

普段から法医学者は児童相談所などから虐待が疑われるお子さんに対してキズの鑑定を行いますが、病院(小児科)とコラボすることで「各種検査が行えるようになった」というのが大きな特徴のようですね。


具体的に、医師免許を持つ法医学医が実際に保険医登録をすることで、

『保険診療・診療報酬の範疇で"診療"できる』
『必要時は専門医にコンサルトできる』

といった『被虐待児の鑑定だけに終わらない"総合的な医療"が提供できる』というのも大きなメリットだそうです。



以上、今回は"臨床法医学"についてみてきましたが、何となくイメージは掴めたでしょうか。


個人的には、最後に取り上げた「臨床とのコラボレーション」はとても素晴らしい試みだと思っています。

虐待に関しても、発覚の契機は臨床現場だったり、実際にまずキズを診るのは小児科医の先生なんてことも多々ありますから、法医学だけで終わらず、臨床医学との連携は必須とさえ私は思っています。

このように「臨床との連携が進んでいる法医学」というのは個人的に本当に羨ましい...。


また法医学で"虐待"となると『加害者 → 犯罪・逮捕』に目が行きがちですが、
臨床医ように『被害者 → 救済・健康』という観点を絶対に忘れてはならないんですよね。

特にこの"臨床法医学"に関しては私自身それを強く思います。


"臨床法医学"に留まらず、今後法医学全体ももっと臨床医学と連携が進んでいくと良いなと改めて感じますね。