交通外傷5 -乗員編- [シートベルト損傷、エアバッグ損傷、鞭打ち損傷]

前回は主に"運転手"に認められる交通外傷でした。(参考記事:「ハンドル損傷、ペダル損傷」)

今回取り上げる"シートベルト損傷・エアバッグ損傷・鞭打ち損傷"は、運転席・助手席のどちらでも起こり得る損傷です。

また"シートベルト損傷"はシートベルトを着用する後部座席でも起こり得ます。



【シートベルト損傷】:車外放出を防ぐシートベルト自体による損傷。肉眼的に肩や胸腹部の皮下出血が認められることが多い。体内の損傷としては胸骨肋骨骨折や、肝臓や脾臓、腸管などの破裂損傷が典型的である。運転席・助手席で肩部分の損傷(皮下出血等)が左右が逆になる点が特徴的。

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【エアバッグ損傷】:膨張したエアバッグによって圧迫されることによる損傷。主に皮下出血や表皮剥脱であることが多いが、稀に内臓破裂といった重篤な損傷を来すこともある。特にシートベルトを着用していていないケースで重大となることが多い。エアバッグ位置との関係で頭頚部損傷による小児死亡例も報告される。

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【鞭打ち損傷】:主に頚部における、衝突時の過屈曲やその後の過伸展による損傷。頚椎関節の脱臼や骨折、頚髄損傷などが認められる。ヘッドレストによって"過伸展"はある程度防げると言われる。追突された場合にもこの損傷を受けることがある。

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詳しく見ていきましょう。



【シートベルト損傷】


シートベルトの圧迫によって起こる損傷です。

基本的にはアザや皮膚のキズ程度のことが多いですが、衝突スピードが早い場合は圧迫部位の骨折や直下臓器の破裂を来すことがあります。


現代の自動車の殆どが3点固定のシートベルトとなっています。

運転席:右肩から左腰へ回る。
助手席:左肩から右腰へ回る。

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これらの違いから出来る損傷の位置も変わってくるので、損傷部位は乗員の位置を推定するのにも有用です。


"シートベルト損傷"と聞くと「シートベルトは着けない方が良いのか?」と思ったりするかも知れませんがそんなことは決してありません。

シートベルトをしなければ、もっと激しい"ハンドル損傷"や"ダッシュボード損傷"を来します。

古い車では2点固定のシートベルトなんてのもありますが、腸管や膵臓、腹部大動脈などの重要臓器の損傷を来しかねないため、個人的には全く信用していませんね。

可能なら4点(左右の肩から左右腰へ通す)や5点シートベルト(左右肩に加え股にも通す)をおすすめしたいくらいです。



【エアバッグ損傷】


こちらも前述のシートベルトと同様の衝撃吸収装置であるエアバッグによる損傷です。

頭部・顔面、胸部などの損傷が認められます。

運転席・助手席共にエアバッグはありますので、同じように発生します。

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衝突時、エアバッグは時速300kmで急膨張します。

特にシートベルトをしていない場合、衝突時の身体の前のめりになる力と、エアバッグの膨張による衝撃力が合わさって、その損傷は大きくなります。


小児においては、チャイルドシートの不適切な設置などの位置関係によって死亡例も報告されています。



【鞭打ち損傷】


これは一般的にも有名だと思います。

衝突の衝撃によって、主に頚部が"ムチ"のように前後にしなることによって起きます。


強い衝撃の場合は頚椎の骨折や脱臼を来すわけですが、軽微な場合であっても靱帯や関節、血管の微細な損傷や頚髄などの神経損傷を認めることがあります。

このような軽症では直接死に繋がることは少ないため、事故後の訴訟や保険といった観点でむしろ臨床医学上問題となることが多いかも知れません。(いわゆる"頚椎捻挫")


法医学的には、衝突事故において追突した側は『過屈曲→過伸展』の順に起こると言われます。

過屈曲:過度にうつむいた姿勢。

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過伸展:過度にのけぞった姿勢。

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追突された側の場合では、逆に『過伸展→過屈曲』の順に受傷します。


自動車の設備として"ヘッドレスト"があると思いますが、これによって過伸展(のけぞる)による受傷は軽減されると言われます。

しかし、実際は過伸展による損傷と思われる骨症もしばしば認めるので、必ずしもヘッドレストによって防がれるというわけでもなさそうな印象は個人的に受けます。



今回は以上3種類の損傷でした。


受傷者の座席位置から考えてみると、

シートベルト損傷:運転席、助手席、後部座席で起こる。
エアバッグ損傷:運転席、助手席で起こる。
鞭打ち損傷:運転席、助手席、後部座席で起こる。

とも言えますね。(絶対的なものではありませんが)


ここまで来ると、法医学というよりは物理的なお話になってきますよね。

法医学の中でも特に狭義の"外傷"(交通外傷を含む)では、このように一般的な物理学をイメージすると分かりやすいものが多いです。

法医学も"医学"なので生物の知識も当然必須になるのですが、こういう点では「法医学は(高校生における)物理選択者にも部はある」と言えるかも知れませんね。