法医学で最も多い死因は"虚血性心疾患"です。(※参考記事)
この"虚血性心疾患"という用語、実は法医学ではよく使われます。
しかし、世間的にはあまり耳慣れない言葉だと思います。
今回はこの"虚血性心疾患"について解説していきたいと思います。
【虚血性心疾患】:心臓が虚血、つまり血流不足に陥ることによって、心筋細胞が酸素不足・栄養不足になってしまう病態。広義の意味では、心筋梗塞や狭心症も含む概念である。
詳しくみていきましょう。
上記にあるように、"虚血性心疾患"とは「心筋が血流不足になってしまう病態」を指します。
心臓自体も動くために酸素や栄養が必要です。
そのために冠動脈という動脈が心臓の周りを取り囲み、心筋はそこから酸素や栄養を受け取っています。
しかし、動脈硬化や血栓によって、その動脈を流れる血流が途絶してしまうことがあります。
この病態を"虚血"と言います。
虚血が起こることで、心筋は酸素や栄養が不足し、最終的に壊死してしまうわけですね...。
比較的新鮮な虚血では心筋に出血を伴い赤っぽい色調となり、
※Wikimedia Commonsより
ある程度時間が経過すると赤っぽい色調から白っぽい色調の瘢痕を形成していきます。
※Wikimedia Commonsより
※Wikimedia Commonsより
この虚血の原因としては、冠状動脈硬化症(=心臓を囲む動脈の動脈硬化)が最も頻度が高いと言われています。
臨床医学では、このように冠状動脈硬化症による虚血性心疾患を"心筋梗塞"や"狭心症"と呼んでいます。
心筋梗塞 → 心筋壊死を伴う。
狭心症 → 心筋壊死を伴わない。
「この言葉なら聞いたことがある」という人も多いと思います。
それではなぜ法医学ではわざわざ"虚血性心疾患"という言葉を使うのか?
その理由の説明は、東京都監察医務院による説明がとてもわかりやすいです。(※参考URL)
『死因を一般に分かり易い心筋梗塞としないでなぜ虚血性心疾患とするのか
当院で扱う虚血性心疾患の患者は心筋梗塞の初期が多く、比較的短時間で死亡するため最も鋭敏な心電図検査で心筋梗塞の波形を見る間もないこと、解剖で梗塞巣すなわち心筋の壊死巣を確認できないなどの理由で、原則としてこの病名は使いません。
一般に梗塞巣の確認は心筋虚血が5時間から6時間以上続くことが必要です。
なお、突然死亡するという状態を強調する場合に「虚血性心不全」の診断名もよく用いられますが、「虚血性心疾患」と同じことです。』
以上のように、我々が行う法医解剖では、上記に載せた画像のような梗塞巣を、肉眼的に必ずしも確認できるとは限りません。
なので、心筋梗塞や狭心症のような壊死の有無などにとらわれない、より広い概念である"虚血性心疾患"という言葉を法医学ではよく使うわけですね。
言い換えれば「法医学では梗塞巣が確認できない場合でも"虚血性心疾患"として判断し得る」ということにもなります。
ですが、もちろん何でもかんでも"虚血性心疾患"と判断しているのではありません。
前述の冠動脈硬化が著しく高度であったり、既往歴や死亡状況、その他解剖所見などから、「"虚血性心疾患"で亡くなったことが確からしい」と判断できるケースにおいて死因をつけています。
また「虚血性心疾患の原因は冠動脈硬化が最も多い」とは言え、原因はそれだけではありません。
冠動脈がけいれんを起こすことで動脈が細くなってしまったり、心筋が分厚くなってしまうことで虚血が起きてしまうこともあります。
※Wikipemia Commonsより
"虚血性心疾患"とは、こういったものも含めた広い概念でもあるというのも重要なポイントです。
以上、今回は"虚血性心疾患"を取り上げてみました。
ちなみに、厳密に言えば、今回取り上げたのは"広義の虚血性心疾患"です。
"狭義の虚血性心疾患"という概念もあって、こちらでは『冠動脈硬化による心筋虚血』のみを指します。(ICD10におけるI20-I25)
もし他の文献を読んでいて違和感を覚えたら、この概念を思い出しても良いかも知れません。
"虚血性心疾患"は、法医学では頻繁に出てくるキーワードです。
是非多くの人に知ってもらいたいですね。