児童虐待を疑う外傷

前回取り上げたテキスト[法医学 改訂4版]の参考文献に分かりやすいものが載っていました。

"横浜市子ども虐待防止ハンドブック"です。(→参考URL)

これは虐待防止の観点から横浜市が発行・無料公開されているものです。

今回はそれを引用しながら"虐待を疑う外傷"についてみていきたいと思います。



『虐待の可能性が高い外傷部位』:耳部、腋窩部、胸部、腹部、陰部、背部。
※被服部位、手背、測定、大腿部内側に存在した場合も虐待を考慮する。

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『事故で受傷しやすい外傷部位』:前額部、後頭部、上腕部、肘部、大腿外側部、膝部、足先部、踵部

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【虐待を疑う外傷】

[パターン痕]
・平手打ち痕:少しぼやけた、指の大きさの直線状の2〜3本の縞状の痕。指輪痕を認めることもある。
・つねり痕:三日月上の一対の挫傷。
・指尖痕(指先の痕)/手拳痕(にぎりこぶしの痕)/握り痕:盗汗買うの卵型挫傷。指爪により時に皮膚の裂傷が併存する。時に重篤な顔面びまん性挫傷、眼窩貫通外傷を伴う。
・絞頚(首しめ):首部の挫傷と、首を絞められたことによる上まぶたや顔面の点状出血。時に眼球結膜充血も伴う。
・耳介内出血(耳の内出血):通常では型や頭蓋等で守られる部位で、偶発的にけがをすることはまれである。

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[道具による外傷]
・ベルトや革紐:平行面がある。からだの輪郭に沿い曲線を形成する。
・二重条痕:棒きれや杖など細い棒状のものでたたかれた時にできるあざ。棒が当たった中心部をまたいで、その左右にぼやけた内出血の痕ができている。
・ループコード痕:ロープや電気コードなどを曲げてムチを打つような状態で叩かれた場合にできる。細い直線状の、片側が開いた楕円状の痕。多数存在する傾向がある。

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[熱傷]
・辺縁が平滑な曲線で、熱傷の重症度が一定:熱いお湯に強制的に一定時間接触してできる熱傷。足の裏や、浴槽の底面に押しつけられた部分には熱傷がみられない。
・タバコ熱傷:境界が鮮明な円形で、中央部が周辺部よりも深いやけどは、タバコを押しつけられた可能性が高い。誤ってタバコに触れた事故の場合は、偏心性の表面熱傷で、擦ったような形状を伴う。
・固体接触熱傷:アイロン、ヘアアイロン、ヒーターなど、家庭内で使用している家電製品等を押し当てられた可能性を疑う。

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簡単に解説します。



【虐待の可能性が高い外傷部位/事故で受傷しやすい外傷部位】

言うまでもなく、これは絶対的なものではありません。

あくまで「頻度として"高い"や"低い"」といっただけの話です。

実務上はこれだけで判断しているわけでは当然ありません。


「事故で受傷しやすい部位」から考えると、、、

事故に受傷しやすい部位に挙げた"肘"や"膝"、"おでこ"というは、身体の中でも"(骨が)飛び出た"部分ですよね。

ですので、やはり転倒(つまり"事故")や日常生活の中でぶつけた際などには受傷しやすいです。


逆に「虐待の可能性が高い部位」を考えると、、、

「事故で受傷しにくい → 虐待の可能性を考慮」という思考になるわけです。

ここで挙げた"腋窩"や"胸腹部"、"大腿部内側"というのは転倒などでは受傷しにくいというのは経験的にも分かるのではないでしょうか。

その他、"陰部"は言うまでもなく、"胸腹部"や"背部"といった服で隠れてしまう部位というのは虐待で狙われやすい部位と言えます。

また「外傷がこれらの部位に"多発する"」というのも虐待を疑う重要な所見です。



【虐待を疑う外傷】

こちらは前述の部位とは違って、虐待で認めらやすい特徴的な外傷を挙げています。

"平手打ち"や"つねり"などの人体による損傷の他、道具によって出来た特徴的な外傷です。

ここで挙げられている外傷が「通常の事故等では滅多に起こらない」というのは皆さんにも感覚的に分かると思います。


熱傷も虐待外傷において多く認められます。

熱傷では、熱を帯びた物体が皮膚に接触した形がそのまま印章されます。

その熱傷痕を観察し『どのような形の物体が、どのような状況(方向など)で接触して受傷したのか?』を論理的に考えなければなりません。



何度も言うようですが、今回挙げた外傷所見等は一部一例に過ぎません。


当然ですが、虐待は法医学医だけで診断するものでもありません。

法医学医としては"損傷鑑定"や"生体鑑定"(いわゆる"臨床法医学")として関わることになります。

具体的には、外傷の部位や形、数、色調、損傷が出来た時期、基礎疾患の除外などを行います。

これらをどんなに丁寧に行っても損傷・外傷所見のみから「事故か?虐待か?」を判断するのは不可能であり、"鑑定結果"は数ある情報の中の一つです。

虐待の判断には、法医鑑定に加えて様々な情報が必要です。

実際に臨床医の先生や児童相談所の職員さん、時として警察からの情報など、関係各所が協力しなければ判断困難なケースばかりです。

虐待防止のためには、医療・福祉・司法の協力が不可欠なのです。