第114回医師国家試験 C問題 問36 [114C36]

114C36
58歳の男性.ショッピングセンターの駐車場でエンジンがかかったまま停車している自家用車を不審に思った買い物客により,運転席で死亡しているのを発見された.救急隊が現場に到着した時には既に硬直がみられたため病院には搬送されず,死因等究明のため司法解剖された.身長170cm,体重90kg.背面に死斑が高度に発現し,硬直は全身の諸関節で強い.外表に創傷はない.脳は1,750gで浮腫状である.胸郭・脊椎に骨折はなく,左右胸膜腔に液体貯留はほとんどない.心囊に破裂はない.心重量は610gで冠状動脈に内膜肥厚・血栓はなく,心筋には異状を認めない.大動脈はValsalva洞から左鎖骨下動脈起始部の下15cmの高さにかけて,内外膜間が解離し,両端部の内膜および中膜に亀裂がある.肺と肝臓はうっ血しているが,臓器表面に異状はない.死後解剖前に撮影した胸部CT(A)及び解剖時に心囊を切開した際に撮影した写真(B)を次に示す.
最も考えられる病態はどれか.

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a 肝破裂
b 肺挫傷
c 脊髄損傷
d 心筋梗塞
e 心タンポナーデ




正答は【e】です。


[a] 誤り。「肝臓はうっ血あるも、表面に異状は認めない」とのことであり、肝破裂の可能性は低いと考えられます。肝破裂であれば、外表の皮下出血や腹腔内への出血等をしっかり確認する必要があります。(本事例では外表に創傷なし)

[b] 誤り。肝臓同様に「肺はうっ血するが、表面に異状はない」とのことです。また胸膜腔にも出血を含む液体貯留は認められていないようなので、問題文の情報においては、積極的に肺挫傷を疑う所見はありません。

[c] 誤り。外表には外傷所見はなく、解剖所見でも「脊椎に骨折はない」と書かれていますので、積極的には"脊髄損傷"を疑いません。

[d] 誤り。問題文には「冠状動脈に内膜肥厚・血栓はなく、心筋に異状を認めない」と書かれていますので、この情報だけで判断する限りは積極的に"心筋梗塞"が疑われるケースとは言えません。

[e] 正しい。「大動脈はValsalva洞から左鎖骨下動脈起始部の下15cmの高さにかけて内外膜間が解離し、両端部の内膜および中膜に亀裂がある」との記載から"大動脈解離"があるのはわかります。その上で、心囊は破裂しておらず、解剖写真で「A:心臓周囲の比較的高吸収な液体貯留」「B:心囊内に凝結を混じる血液の貯留」が認められることから"心タンポナーデ"があったものと思われます。以上より、死因は"大動脈解離による心タンポナーデ"と判断できます。



死後画像・解剖の所見から死因を聞いた問題です。

とても法医実務的な問題で、私も出題されたのを知った時は良い意味で驚きましたよ。

問題としは全く難しくないのですが、極々僅かでも受験生の皆さんに法医実務を垣間見せることができる問題は素晴らしいですね。


上述のように、死因は「(おそらく内因性)大動脈解離による心タンポナーデ」と考えられます。

心タンポナーデとは『心臓を包む空間(心囊)の中に出血が起きてしまい、心臓が身動きが取れなくなって、全身に血液が送れなくなってしまう病態』です。

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心タンポナーデでは静脈還流が滞るため、各臓器等がうっ血するのが特徴です。


この"心嚢内へ出血"は様々な理由によって起きるわけです。

多いのが今回の事例でもあった"大動脈解離"です。

大動脈という太い血管の壁がベリベリと裂けてしまい、その"裂け"が根本にある心臓まで及んでしまうと、最終的にその心臓を包む心嚢内へ血液が流れ出てしまうというわけです。

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大動脈の解離は、動脈硬化や高血圧といった患者背景をベースとした"内因性"に発生することもあれば、外傷によって外因性に起きることもあります。

本事例では、外傷を受けた状況や所見がないことから、おそらく内因性だと思われます。


同じく比較的高頻度に認められるのが、"心筋梗塞"(による心タンポナーデ)です。

心臓の血管が詰まったりすることで、心筋に血流が届かなくなり、酸欠で死んでしまった心筋細胞が弱くなることで、その部分の心臓の壁が破れてしまい、最終的に心囊内に出血してしまうのです。

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Hemopericardium.jpg
※Wikimedia Commonsより


このように、"心タンポナーデ"が確認された場合でも、それで終わってしまうのではなく、

「なぜ心嚢内に出血が起きたのか?」
「大動脈解離や心筋梗塞はないか?」

という思考をしっかりと念頭に置きながら解剖を進めなければなりません。


ちなみに、今回の解説では[a]〜[d]もサラッと除外していますが、実務上は発見状況や既往歴、生活習慣、顕微鏡検査を含めた死後検査などを全部しっかりと考慮・検討した上で判断しますよ。

特に[d]の"心筋梗塞"自体は、超早期病変の場合、解剖でも心筋に異常を認めないことも少なくありません。

従って、単に「心筋には異状を認めない」だけでは判断できません。
(本事例では「冠状動脈に内膜肥厚・血栓はない」そうなので国試的には何とか...)


法医実務では、この試験問題のように、そんな単純には死因を決められません。笑



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