縊頚は窒息死ではない?

縊頚[イケイ]とは...要は「首を吊ること」です。(参考記事:頚部圧迫)

それではどうして縊頚では死に至るのか?

実は「気道が閉塞して苦しくなって...」というイメージとは若干違います。

今回は"縊頚の機序"について書いていきたいと思います。



結論から言ってしまうと、縊頚で死に至る機序は「脳への血流が途絶えて脳虚血が起きるから」という理由がメインです。

脳虚血が起きると速やかに意識消失を起こします。

このため、冒頭に書いたような『気道が閉塞して苦しくなって...』というケースは決して多くないのです。


詳しくみていきましょう。



実際に縊頚時に頚部にかかる力については以前の参考記事→に詳しく書いています。(参考記事:縊頚でかかる力)


頚部が圧迫された場合には、主に「血管の閉塞(血流途絶)」ないし「気道の閉塞(呼吸不能)」が発生します。

このうち、より速やかに影響が出るのが前者の"血管の閉塞"の方です。

皆さんも息こらえ(≒呼吸不能)をしてみれば、数十秒くらいは普通に我慢できると思います。

一方で、柔道などで絞め技(≒脳血流途絶)をされた選手が、ものの数秒で意識を失ってしまうシーンを見たことがある人もいるでしょう。

このように、"脳血流途絶"の方が"呼吸不能"よりも早く症状が出現し、脳虚血を起こし最終的に不可逆な死に至るのです。

これは、気道は保たれている"挿管された状態"や"永久気管孔のある状態"での縊死事例も経験されることからも明らかです。


「縊頚では"血流途絶による脳虚血"の影響が強い」というのが結論です。



とは言え、気道閉塞・呼吸不能の影響も全くない訳ではありません。

完全に気道が閉塞した場合、つまり完璧に吸気・呼気ができなくなった場合においても、

心臓が動いている間は絶えず血液が循環していますから、すぐに血中の酸素飽和度は低下していきます。

血中の酸素飽和度が低下すれば、仮に脳血流が保たれていても、血液の中には酸素がないため、

脳血流途絶ほど急激ではないにしても、結局速やかに脳虚血に陥ってしまいます。

こちらに関しても、食べ物を喉に詰めてしまって窒息死する事例を思い浮かべれば分かると思います。


従って、縊頚のような比較的強い力で頚部が圧迫された状況では、脳血流途絶による脳虚血が優位ではあるものの、

最終的には血流途絶・呼吸不能の複合的な"ダブルパンチ"によって脳虚血が起きると考えてよいと思います。



以上より、縊頸においては「どちらかと言うと、"血流途絶"の影響の方が強い」ということでした。


この説明は法医学の間では有名?なのですが、実はこれを昔の厚生労働省がややこしくしてしまったという経緯もあります。

かつて死亡診断書・死体検案書が今の形式に変わったばかりの頃、新形式の死亡診断書・死体検案書に関する書き方マニュアルが厚生労働省より出されたのです。

マニュアルの中には、様々な事例における死亡診断書・死体検案書の記入例がいろいろと紹介されていました。

その中の縊頚に関する記入の一例が下記の通りになっていたのです。



【入院中の精神分裂病患者が、病室で縊死しているのが発見された。】
※現在で言う"統合失調症"はかつて"精神分裂病"と呼ばれていました。

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↑の記入例を見ると、縊死における直接死因は"窒息"であるかのように思えてしまいますよね。

しかし、前述のように、縊頚における"窒息(→気道閉塞)"はあくまで副的要素に過ぎません。

これが「縊死は窒息死である」というミスリードを誘っている気が個人的にしています。

(こんな細かい重箱の隅をつついている人間が私以外に果たしているのか?というのはありますが...)


ちなみに、さらにこの記入例を読み込むと、、、

『統合失調症(精神分裂病)の影響で縊頚に至ったケースでも、"病死"ではなく"自殺"(→外因死)に分類される』

ということも言えるかと思います。


皆さんも死因統計上のルールにはきちんと従い、誤った記載をしないようにしましょうね。