プランクトン検査

今回は溺死の診断で用いられる"プランクトン検査"について書いていきます。



海や川でご遺体が発見された際、重要になってくることがあります。

『海・川で溺死して亡くなったのか?』

『(別の死因で)亡くなってから海・川に落ちたのか?』

これです。


法医解剖となるケースは多くで入水時の目撃者はいません。

どうすればいいでしょうか?

考えてみてください。


胃の中にたくさんの水を飲み込んでいれば溺死したと判断してよいでしょうか?

答えは否です。

死後に水圧の関係で水が口から胃に入ってくることは普通にあります。

それだけで溺死と判断するにはかなり厳しいですね。



ひとつは『口や気道に白い泡があるのを確認すること』です。

前述のように、死後に気道や胃・食道へ水が入ることは大いにあります。

しかし、生きている状態で溺れると、飲み込んだ水が肺に入り込み、その上で呼吸運動をすることで飲み込んだ水が泡立ち、気道内や口腔からメレンゲのような泡が出てきます。

死後水に落ちた場合は呼吸運動がないため、気道内に侵入した水がシェイクされず泡立つことはありません。

なので、このメレンゲ様の泡が気道内にあることは水に入ってから溺死したことを示す重要な所見のひとつです。


そして、同様に重要な所見となるのが、今回メインで取り上げる"プランクトン検査"です。



ここでの"プランクトン"とは、厳密には"珪藻類"を指しています。

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"珪藻"は身体がガラス(ケイ酸)で出来ています。

『ガラスは酸に強い』という性質を利用します。


先ほどのメレンゲ泡続きになりますが、気道内に侵入した珪藻などのプランクトンを含んだ水は、その先の肺(胞)に至り、最終的には血中に入っていきます。

そして、血液循環に乗り、プランクトンは全身の臓器を巡ります。

つまり溺死で亡くなった場合には、各臓器にプランクトンを含んだ血液が通うわけです。

逆に亡くなった後では、呼吸運動もありませんし、血液循環も止まっていますので、この現象は起きません。

それに加え、本来正常なら人体の臓器にプランクトンなんて存在しません。(※消化管を除く)

であれば、臓器中にプランクトンが存在していることを証明できれば、間接的に溺死した(生きている間に入水した)と言ってもよいのではないか?というのが理屈ですね。


ただ実際はその証明は簡単ではありません。

仮に溺死していたとしても臓器の中のプランクトンは決して多くなく、単に顕微鏡で検査したところで干し草の中から針を探すようなものです。


そこで出てくるのが"プランクトン検査"です。

臓器自体はタンパク質なので酸に溶けてしまいますが、珪藻は酸に強いため、強酸を反応させても溶け残ります。

これが"プランクトン検査"の本質です。

実際は、採取した肺や肝臓、腎臓、骨髄などの臓器の一部を強酸で反応させ、溶け残ったものを顕微鏡で観察します。

珪藻にも様々な種類が存在しますので、胃内の水や発見場所周囲の水から観察されるプランクトン(珪藻類)も確認した上で、臓器のものと比較し、同じ場所の水を飲み込んだのか?という溺死場所の判断にも使えます。

溺死の診断においてはかなりメジャーな検査です。


ただこの検査にも欠点があります。

特に肺は死後に気道から侵入したプランクトンが拡散してくる可能性も多いと言われますし、検査をしている際に人工的に汚染してしまったり、腐敗が進んで臓器が崩壊しかけている場合などは外部からプランクトンが侵入し得るため、このプランクトン検査を過信しすぎることを危惧したり、そもそも懐疑的な声すらもあります。

なので、結局のところ、このプランクトン検査だけでなく、前述のメレンゲ泡やその他の溺死所見を合わせて診断しなければなりません。

それでも個人的には、溺死の診断で使用できる数少ない検査のひとつである点は評価に値するのではないかと思っています。



このプランクトン検査は古くから使用されており、法医学ではかなり有名な検査手法です。

今回の記事でそのプランクトン検査を皆さんに理解してもらえれば幸いです。