人獣鑑別 (ヒトか?他の動物か?)

骨や血液が見つかった際、「それがヒトのものなのか?ヒト以外の動物なのか?」というのはどのように判別するのでしょうか。(人獣鑑別)


例えば、もしかしたら皆さんも山登り中に骨を見つけるかも知れません。

一見ギョッとしますが、もしかしたらそれはイノシシやシカの骨の可能性もあります。

ただそれがヒトの骨だったら大騒ぎです。


今回は、それを判別する"人獣鑑別"はどのような方法があるか?がテーマです。

・肉眼による鑑別
・顕微鏡所見による鑑別
・抗原抗体反応による鑑別
・DNAによる鑑別

などがありますので、それらについて詳しくみていきましょう。



○鑑別物が"骨"の場合

この場面は、おそらく皆さんが思っている以上に法医学者は経験します。

冒頭の山の例も、 稀にあるんですよね。

警察も発見者が持ってくると、それがヒトのものかどうか?を調べざるを得ません。

そこで警察は骨を法医学教室に持ってきます。


骨が比較的大きく、ある程度揃っている場合は、実際に見ただけでわかることも多いです。

我々法医学者は普段から人骨を見慣れていますので、少なくともそれがヒトかどうか?は比較的容易に判断できます。

ちなみに、私は見たことないのですが、クマの手足の骨はヒトの骨に似ているそうです。(一部の骨が、です)



鑑別する骨が小さいものである場合...これは難易度がグッと上がります。

肉眼で難しければ、次は顕微鏡です。


骨には骨自身に栄養を運ぶ血管が通る"ハバース管"という細い孔が開いています。

そのハバース管は動物によってサイズや密度が違っています。

ヒトは他の動物に比べて大きいです。

それを確認するわけですね。

ちなみに、毛髪も顕微鏡でみると、ヒトとヒト以外で微妙に違うんですよ。


それでも難しい場合は、"抗原抗体反応"を利用した鑑別や、最終的に"DNA"による鑑別という手法が行われます。



○鑑別物が"血液"の場合

血液は見た目では判断できないので、鑑別困難な骨とともにここからスタートすることになります。


まず大前提として『それが本当に血液であるか?』というのが重要なのですが、今回は割愛します。

よくドラマで出てくる"ルミノール反応"はここで使用される手法です。

これはあくまで「血痕かどうか?」をみているのであって、他の動物の血痕であっても反応するんです。

つまり、ルミノールで光っても厳密にはそれは「ヒトの血痕」とは言えないんですよね。

これについてはまた後日に書きましょう。


それでは、血液と判断されれば、次は今回のテーマである「ヒトの血液か?」「他の動物の血液か?」ということですね。



・抗原抗体反応による鑑別

生物の授業で学んだと思いますが、生体には「鍵と鍵穴」のように、特定の物質とだけ反応するタンパク質が存在します。

"免疫"なんて言葉にも関係してきますよね。

この性質を骨や血液に利用するんです。


抗原抗体反応では、種によって反応するしないがわかれますので、ヒトの血液中に存在するタンパクのみ反応する試薬を使えば判定できます。

特に血液では、大腸がんのスクリーニング検査として臨床でも使用されている"便潜血検査キット"がこの人獣鑑別にも使用されることがあります。

これは本来「便の中に血が混じっているか?」を判別するためのキットなので、それがヒトの血液に特異的に反応することを利用しています。(※厳密に言うと、チンパンジーやイタチなどに反応するそうですが)

他にもPSA(前立腺特異抗原)の検出キットを利用した人獣鑑別もあるそうです。



・DNAによる鑑別

そういった方法を使っても判定できない場合は、いよいよDNAに頼らざるを得ません。

ヒトを含め、動物は皆違ったDNA配列を持っています。

それを利用します。


まず骨や血液からDNAを抽出し、それを増幅させ、読み取ります。

このDNA配列の情報を利用すると、動物種だけでなく、人種、性別、個人すら特定できる可能性を秘めています。

だからこそ、厳重に扱わないといけないですが...。


ただしこれにも欠点があって、骨や血液にで焼けて熱が加わっていたりしてかなり状態が悪いとこのDNAも崩れてしまっていて、人獣鑑別に使用できないこともあります。

あとやはり手間がかかるというのと、先に挙げた肉眼的な方法や顕微鏡的な方法に比べて『専門的である』というのはある意味欠点なのかも知れませんね。



確かに、骨や血液"のようなもの"を見ると「それは当然にヒトのものであろう」と思ってしまうんですよね。

実際に『警察が持ってきた骨が実は人間のものではなかった』ということも普通にあるんですよ。

ある程度見慣れている警察ですらそうなのですから、いかに見分けるのが困難か?というのが皆さんにもわかると思います。

だからこそ、専門家である我々法医学者はそれに応えられるようにしておかなければならないです。